カムチャツカ半島の高山植物から、日本の高山植物のルーツを探る――

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植物写真家の高橋修氏は、現在、ロシア・カムチャッカ半島を訪れている。極寒のこの地は、標高の低い場所に、日本の高山帯の植物が生えている。それを見ると、日本の高山植物のルーツが見えてくるという。

 

イワブクロの背後にはコリャーク山(3456m)

 

ロシアの極東部カムチャツカ半島に来ている。なぜこの地に来ているかというと、カムチャツカ半島の高山植物は日本の高山植物のルーツを考えるときに、重要な場所だからだ。

カムチャツカ半島の高山植物は、日本では高山帯にしか見られない植物が、標高が低い場所にも生える。カムチャツカ半島は非常に寒く、標高の高い山には植物は生えておらず、標高500~800m付近で高山帯となり、日本の3000m級の高山的景観が広がる。

カムチャッカのアパチャ高原(標高800m)。標高の高い山には植物は生えていない

 

平地であれば背の高い木は生えているが、密生することはなく林床は明るい。丘陵部にはダケカンバがひょろっと生えている。同じような植生は日本の礼文島でも見られるが、カムチャツカ半島のほうがより高山的で、ハイマツ帯もある本格的なものである。日本の高山植物の多くは、氷河期に北極圏からやってきた寒さに強い植物であり、カムチャツカ半島の植生は、まさに日本の高山植物の本来の姿といえよう。

ダケカンバの林に生えるチシマキンバイ

 

カムチャツカ半島の高山植物の特徴は、日本特に北海道の高山植物に近いものが多いことである。カムチャツカ半島と北海道の高山植物が近いということは、カムチャツカ半島と日本の高山植物に強い関連性があるということになる。

私は日本の高山植物のルーツを訪ねる旅を続けている。日本から遠いイメージがあるカムチャツカ半島だが、北海道から見ると、点々と並ぶ千島列島の先にある。千島列島は氷河時代の海面が非常に低かった時代には、北海道と、ほぼ陸橋で繋がっていたと考えられている。この時に寒さに強い北極圏に生えていた植物が、カムチャツカ半島、千島列島を通り、北海道を南下し、本州にたどり着いたと考えられる。

同じようなルートとして、もうひとつ樺太(サハリン)ルートがある。日本の高山植物でカラフトゲンゲなどの名前があるのは、樺太が日本領だったころに樺太で発見されたことによる。同じように、チシマツガザクラ、チシマフウロ、チシマリンドウなどは千島列島が日本領だった頃に、千島列島で発見されて命名された。

「チシマ」の名がつくチシマヒナゲシ

 

ほかにも千島列島の島の名前が付いているものもある。ウルップソウが発見されたのは千島列島のウルップ島で、シュムシュノコギリソウのシュムシュ島も千島列島の島のひとつである。ちなみに、千島列島のシュムシュ島までは日本の領土になった事があるが、カムチャツカ半島は日本の領土になったことがないので、和名にカムチャツカが付いている植物はないのだろう。

国内では白馬岳や八ヶ岳でのみ見られるウルップソウは千島列島のウルップ島で発見されている

 

千島列島で発見されて命名された植物が多いのは、白馬岳や八ヶ岳に登るよりも、千島列島に日本の植物学者が調査することが容易であったことを示している。現在、千島列島はロシア領であり、簡単に千島列島に行けないことを考えると、隔絶の感がある。

ところで、カムチャツカ半島のウルップソウはおもしろい。ウルップソウは日本では礼文島、白馬岳、八ヶ岳だけに生えていて、北海道ではホソバウルップソウなどが生えている。それぞれ花色や葉の形が違うが、カムチャツカ半島のウルップソウは花色が薄いものや葉が細長いものなど、様々な形態のものがある。

雄しべが長いカムチャッカのウルップソウ

ユウバリソウタイプの白花のウルップソウ

 

この違いについて考察してみると――、

日本のウルップソウ群はカムチャツカ半島のウルップソウを母種として、氷河期に多くの形態を持つウルップソウが日本に広く生息した。そして温暖化の影響で、日本各地で高山や北の島に残された時に、たまたま葉が広く花色が濃いものが礼文島や白馬岳などに残り、葉の細いものが北海道の大雪山などに残り、花色の薄いものが夕張岳に残された――

そんなことではないだろうか。

 

ハイマツ、高山植物・・・、日本と共通点の多いカムチャッカの植生

日本の高山にはハイマツが普通に生えているが、ハイマツは世界でもユーラシア大陸の極東部にしか生えていない。日本では一般的なハイマツだが、実は分布の狭い珍しい植物なのだ。カムチャツカ半島の高山帯近くでもハイマツは一般的で、標高の高い場所では日本アルプスの高所のように低く地面を這うように伸び、それほど標高の高くない場所では、北海道のハイマツのように背が高くなる。

このように、カムチャツカ半島には日本と共通の植物が多く、日本人に馴染みのある高山植物が多い。しかし目立つ中でひとつあまり見慣れない高山植物がある。それがパリダ・カステリソウ(Castilleja pallida)だ。カナダやアメリカでインディアン・ペイント・ブラシと呼ばれる花である。

カナディアンロッキーでよく見かけるパリダ・カステリソウ、カムチャッカでも見ることができる

 

ハマウツボ科のこの植物は、カナディアン・ロッキーなどでは一般的な高山植物だ。花のように見えるのは葉が変化した苞という部分で、花はその内側に細い筒状になっている。この植物の分布の中心は北米大陸なので、カムチャツカ半島にこの高山植物があるのが最初は不思議だった。

しかし世界地図を広げてみると、カムチャツカ半島の先で、アリューシャン列島の島々によって、北米大陸とユーラシア大陸とは結ばれていることに気がついた。海水面が低下した氷河期には、陸橋ができていたに違いない。北半球の高山植物は南北の移動だけではなく、東西の移動もしていたのではないだろうか。

日本の高山植物の来た道とユーラシア大陸さらに北米大陸までの繋がりを考えながら、カムチャツカの首都ペトロパブロフスク・カムチャツキーとその近郊に、もう2週間近く滞在している。今年の夏は天気が悪く、晴れていたのは最初の2日だけで、後はずっと雨の日が続いている。道路となる雪渓が雪解け水の濁流に飲みこまれ、山に行くことができない。明日は天気になるだろうか。

キバナノアツモリソウ

タニマスミレ

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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