北アルプスと聞いて、どんな風景が思い浮かぶだろうか? 険しい岩稜の峰々、天を突くような鋭鋒、残雪と緑のコントラストが鮮やかな山肌、斜面に広がる美しいお花畑――、さまざまな風景が思い浮かぶはずだ。そして、こうした景観の1つに忘れてはいけないのが、山麓や峰々に点在する大小の湖沼だ。
北アルプスは降雪の多い山域のため、雪解け水が豊富だ。こうした水が窪地に溜まり、やがて池となったものもある。また、火山活動によってできた火山湖も点在する。
北アルプスと聞けば、やはり数ある名峰に立つことが目的となってしまいがちだが、山間に佇む池の端で静かに過ごしてみるのも悪くはないだろう。
湖面に映りこむ峰々を楽しんだり、周囲に広がるお花畑を楽しんだりするなど、登山の疲れを水辺で癒やすのは贅沢な時間だ。今回は、北アルプスに点在する池に注目。池が生み出す鮮やかな景観を楽しめる、10コースを紹介する。
槍・穂高方面への登山の玄関口となる上高地。通過してしまうだけの登山者も多いが、登山前後に時間をかけてじっくり散策するのは興味深い。
上高地を訪れた際に、誰もが目にするのが大正池だろう。大正池は上高地の西側にそびえる焼岳が1914年に噴火した際に、土石流が梓川を堰き止めて誕生したもので、上高地にはなくてはならない景観となっている。
大正池越しに焼岳を眺めたり、西穂高から奥穂高へと続く迫力ある稜線を眺めたりと、河童橋付近とは違った上高地の景観を楽しみたい。上高地から大正池の間にある、田代湿原/田代池の散策も楽しめる。
なお、大正池へは、上高地からアクセスしても良いし、大正池バス停で下車して、ここから上高地まで散策しても良い。
また、上高地から槍・穂高方面に向かう途中にあるのが明神池だ。明神岳の岩壁直下に佇む明神池は、穂髙神社の神域とされている場所だ。明神池の畔に鎮まる穂髙神社奥宮は、北アルプスの総鎮守、海陸交通の守り神、結びの神が祀られる。神域となる池の畔に出るには拝観料が必要だが、池越しに眺める明神池を、ぜひ楽しみたい。
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立山や剱岳方面の玄関口となる立山室堂には、ミクリガ池やミドリガ池が佇む。室堂平は噴火による溶岩によって形成された大地で、ファミリーで周辺の山々の景観を楽しんだり、高山植物を観察したり、ライチョウを探したりするのに適した場所だ。
室堂平のシンボル的な存在なのがミクリガ池で、約1万年前にできた周囲約630mの火山湖だ。青い湖面に雄大な山々を映し出しすい姿は神秘的。また、7月でも周囲には多くの雪が残り、融けたところから咲き出す高山植物の花畑も美しい。
ミクリガ池の東側の浅い小さな池はミドリガ池で、池越しに眺める立山連峰がとくに美しい場所として知られる。静かな水面には立山の姿がくっきりと映り込む場所は、絶好のフォトスポットとなっている。
ほかにも、リンドウ池や血の池などの火口湖や、玉殿岩屋などの歴史スポットを、登山前後にゆっくりと散策するのも良いだろう。
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八方ゴンドラリフト、そして2本の登山リフトを乗り継ぎ、さらに1時間ほど八方尾根を歩くと現れるのが八方池だ。雪に押し出された土砂の堆積によってできた池で、1周約180mと小さな池だが、水面に映る白馬の山々は絶景。唐松岳へと登る登山者も、ここで足を止めて、その景観を楽しみたい。
景観はもちろん、貴重な高山植物が数多く自生し、また池にはサンショウウオやモリアオガエルなども生息してる希少な自然環境となっている。
登山者であれば唐松岳登山へと足を延ばす際に立ち寄るのが一般的だが、初心者やファミリーでも、八方池までであれば、遊歩道が整備されているので、十分に楽しめる場所だ。
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白馬大池は北アルプスで2番めの大きさを誇る山上湖だ。火山の噴出物により堰き止められてできたとされる湖で、そこに雪解け水が溜まってできたとされる池だ。周辺は遅くまで雪渓が残り、その周辺はハクサンイチゲやハクサンコザクラなどの高山植物の群落が見られる。また池にはサンショウウオが多く生息していて、覗き込めば目にすることも難しくはない。
湖畔には白馬大池山荘があり、宿泊はもちろんテント場も整備されているので、ここで一夜をゆっくりと過ごすプランを立たてみてはどうだろうか。
登山口となる栂池からは3時間ほどのアクセスで到着するのでゆっくり過ごすには丁度よい。栂池自然園を散策してから訪れても良いだろう。
白馬大池から白馬岳へは約3時間半、雷鳥坂の美しい尾根歩きは爽快だ。一挙に登って下山することも可能だが、白馬山荘で稜線の宿泊を楽しみ、白馬周辺の風景を満喫したい。
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新穂高温泉から小池新道を通って、鏡平・双六山荘へと進むコースは、北アルプスの人気コースの1つだ。コースはやや長いものの、歩きやすいコースと抜群の景観は北アルプス登山の入門にもおすすめだ。
新穂高温泉から約6時間で到着する鏡平は、鏡池のほか、ひょうたん池など、大小さまざまな池が点在する場所で、池に映る槍ヶ岳「逆さ槍」を望むことができる場所として知られる。夏の花の時期はもちろん、ナナカマドやダケカンバに囲まれた池は秋は紅葉の美しい場所としても有名で、鏡平山荘でゆっくり宿泊するのもオススメだ。
双六池は多くの登山者でにぎわう双六山荘の前に、静かに水を湛える小さな池だ。鏡平方面から歩き、双六山荘に近づいてくると見えてくる池と、その先に見える鷲羽岳の景観は見事で、テントの花が咲くテント場の情景と合わせて、夏の北アルプスの象徴的な姿を目にすることが出来る。
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白馬連峰の縦走路から北東に大きく外れた、標高1778mにある風吹大池は、北アルプス最大の池であり、日本の高山湖沼の中でも最大の面積だという。
風吹岳(1,888m)や岩菅山(1,889m)などに囲まれている池は、噴火による溶岩で堰き止められたとされていて、風吹大池の周辺には、小敷池、血の池、神の田圃、科針池など、さまざまな小さな池も点在している。縦走路から外れているため、北アルプスの喧騒からは外れていて、繁忙期でも静かな山歩きを楽しめるのも魅力だ。
登山口となる栂池や蓮華温泉からは3~4時間で到着できるので日帰りもできるが、池の南端には風吹山荘が営業しているので、ここでゆっくりと静かな池の佇まいを楽しみたい。
夏の時期も良いが、秋の紅葉期はとくに美しい。池周辺にはナナカマド、カエデ、ダケカンバ、オオシラビソの樹木の植生が多く、池に映り込む紅葉は絶景となる。
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上高地から槍ヶ岳へと伸びる槍沢登山道から少し南側に外れた場所にあるのが天狗原だ。一帯は「氷河公園」とも呼ばれていて、氷河が刻んだカール形状の痕跡がくっきりと残っている。この地に佇む池が天狗池だ。
天狗原は遅くまで雪が残る場所で、8月でも多くの残雪のある場所だ。そのため、天狗池が姿を現すのは8月中旬以降、ベストシーズンは9月に入ってからとなる。天狗原から見上げる槍ヶ岳は特に美しく、氷河に削られた岩に囲まれた池に映り込む槍ヶ岳と美しい紅葉を楽しみたい。
アクセスは槍沢登山道から1時間程度の往復で到着できるが、槍穂稜線から下降してアクセスすることもできる。
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日本百名山の一座である鷲羽岳は、北アルプスの最奥の山の1つで、どの登山口からも遠い山だ。新穂高温泉から双六岳経由、折立から雲ノ平経由、高瀬ダムから野口五郎岳経由などが近いが、いずれも一般的には2泊3日は必要となる遠い山だ。
そんな奥深い山の山頂直下に姿を見せるのが鷲羽池だ。覗き込めばわかるとおり、鷲羽池は火山湖で、かつての噴火口だった様子が見て取れる。標高にすると2700mを越える場所にある、最奥の地を感じるにふさわしい池だ。
山頂から覗き込んでその様子を見るのが一般的だが、池まで降りることも可能だ。登山道を外れて標高差150mほどの道を慎重に進めば畔に立つことが出来るが、この距離・標高差は意外とキツい。しかし池から見上げる鷲羽岳は、他にはない景観を味わえることが出来る。
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北アルプスの最奥という表現が様々な箇所に対して付けられていることに対しては議論があると思うが、ここに紹介する夢の平・竜晶池は、そう表現するのに十分な場所にある。最奥と呼ばれる雲の平のさらに奥にある高天原のさらに奥の突き当りにある。
沢が堰き止められてできたという竜晶池周辺は夢の平と呼ばれ、灌木に囲まれた湿原になっていて、静かに水を湛えている。最奥に来たことを感じながら散策したい。池には薬師岳や赤牛岳が映り込み、神秘的な風景を見せてくれる。
アクセスは薬師沢から、もしくは雲ノ平からとなるが、いずれも相当の時間がかかる。無理のないスケジュールで計画を立てて、高天原山荘へ宿泊して最奥の温泉を堪能し、山旅の疲れを洗い流したい。
また高天原山荘から岩苔乗越への登山道には、水晶池という池もある。こちらも併せて訪れるプランも立ててみても良いかもしれない。
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これまで紹介してきた北アルプスの池めぐりの中でも、最も行き着くのが困難と思われるのが、ここ仙人池だろう。剱岳の北東側、黒部渓谷と剱岳の間にある池だ。
その道程は遠く、室堂平から日本三大雪渓の1つである剱沢を通って、ようやく辿り着くのが仙人池だ。そして辿り着いた先から下山するのも遠い。来た道を戻ることもできるが、人気があるのは黒部渓谷を通って欅平方面へと下山するルートだ。険しく崩壊も激しい雲切新道を通り、ようやく辿り着いた黒部渓谷へから先は、緊張感漂う水平歩道(旧日電歩道)が待っている。難易度が高く気の抜けない道は、スリルと同時に、山歩きの楽しさを実感できるコースとなっている。
標高2,080mにある仙人池からは、裏剱岳・剱岳八ツ峰の景色が美しい。裏剱岳の景色が映り込む風景は、絶好のフォトスポットで、雑誌やカレンダーで一度は見たことがあるほど、美しく迫力ある風景として有名だ。
また、仙人池から西に約1時間にある、池ノ平まで足を延ばすこともオススメだ。いずれも山小屋が営業しているので、どちらかに宿泊して、迫力ある剱岳の岩稜の景観を楽しみたい。
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