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登山者を悩ます膝痛、その原因はどこにある? 整形外科専門医、柴田俊一先生に聞く2<前編>

登山の「専門医」に聴く怪我の治療・予防の今
基礎知識 登山技術 2020年11月20日

登山をしていると、多くの人が「膝痛」を経験しているはずだ。この痛みの原因と対処法には、さまざまな方法が提示されているが、医学的な見地からは、どんな対策が有効なのだろうか。整形外科専門医の柴田俊一先生に、膝痛の原因と対策を聞いてみた。

 

登山者を悩ます膝痛――、筆者の場合

登山者を悩ます体のトラブルで、一番多いのは膝の痛みだろう。歩いている途中、特に下りで膝が痛み、苦しい思いをした経験を持つ人は少なくないはずだ。

筆者も長年、膝痛には悩まされてきた。これまでで最もひどかったのは、2009年の春から夏にかけてだ。その年の4月に登山ガイドとして独立したばかりであり、なぜこのタイミングで痛くなるのかと、当時は非常に悩んだ。今になって思い返すと、この頃は、登山の回数が一気に増えたのが膝に良くなかったようだ。

登山ガイドになる前までは、登山は週末だけのサラリーマン。それがガイドになったとたんに、今まで以上に山に詳しくなる必要があると考えて、地元の山を徹底的に登り始めたのだった。そんなことを始めて2週間もすると、膝に痛みが走るようになった。

それでも休む訳にはいかないとの気持ちが先立ち、敢えて痛みを無視して、さらに山に向かったのだ。その結果、膝に水が溜まりだして、パンパンに膨れ上がってしまうことになった。

当時の住まいは、鳥取県の米子市。最初は家のすぐ近くの整形外科を受診したが、症状はまったく改善しない。 そこで知人にアドバイスをもらい、評判の良い市内の整形外科をいくつか受診。水を抜いたり、ヒアルロン酸の注射をしたりということを繰り返した。それでもすぐに改善はせず、症状が治まったのは、3ヶ月以上も経った8月になってからだった。

2009年4月、四国山地の次郎笈に向けて歩く筆者。当時は右膝が痛く、ストックが手放せない状態だった(写真=岳獅会)

 

なぜ膝が痛むのか?

筆者の周りには、「膝が痛い」と口にする山仲間やお客様が多い。痛みについての相談を受けることも多いので、ストックの活用、サポーターまたはサポートタイツなどの膝痛予防アイテムの着用を勧め、使ってもらうこともある。それでも痛みに耐えられず、登山をやめてしまう人も2~3年に1人はいる。

山や自然が好きで、登り続けたい気持ちがあるにも関わらず、登ったときの痛みが原因で登山から離れてしまうというのは悲しい。

以前から、何かもっと良い対策を知りたいと考えていたので、前回、主に捻挫について教えていただいた整形外科専門医の柴田俊一先生に、膝痛のメカニズムの概要と、その痛みへの対処法について聞いてみた。

★前回記事:捻挫の予防と対処法。整形外科専門医、柴田俊一先生に聞く

柴田先生は、登山者の多くが苦しむ膝痛に対して、深刻なケースとそうでない場合とを分類して、以下のように説明する。

登山者が膝の痛みを感じる場合、最初に考えられる原因は、一時的なダメージです。登山では荷物を背負って不整地を歩きます。そのとき膝に衝撃やひねりが加わると痛みます。このとき、少し休むと痛みが消えるようであれば、その時点では大きな心配はないでしょう。

例えば、登山経験が少ない人は、十分な筋肉量がないために、下山の途中で膝がガクガクした「膝が笑う」状態になることがあります。登山の翌日に気になる痛みがなければ、特に問題はありません。

一方、痛みが一時的なものではない場合――、つまり登山の途中からずっと痛かったり、歩き始める前からすでに痛かったりする場合は注意が必要です。このような人に多いのが「オーバーユース」、いわゆる使いすぎの状態です。

脚や関節は、使いすぎると膝関節の内部でクッションの役割を果たす軟骨が傷んできたり、膝を安定化させる靱帯が緩んだりします。すると関節がぐらつき、組織が削れ、それが内部で引っかかること原因で炎症が起こります。いわゆる変形性膝関節症と呼ばれるもので、登山者にもよく見られる症状です。


筆者が整形外科を受診したときの診察結果も、軟骨が傷んだことによる変形性膝関節症だった。対処の基本は、体重を減らして膝への負担が少ない歩き方をすることぐらいで、他にできることは少ないという。ただし、そのときの医師に言われたことで気になったことがあった。それは「年齢」についての指摘だ。

当時、筆者の年齢は42歳。その医師によると、変形性膝関節症を発症することが多いのは女性で、40代前半で症状が出ることもあるとのこと。一方、男性で症状が出るのはもっと高齢になってから、一般的には60歳以上の場合がほとんどで、40代前半は珍しいと言われたのだ。

それに対し柴田先生の見解は以下のようなものだった。

確かに、一般的にはそうなりますが、登山はスポーツ的な側面も強いものです。登る回数が多かったり、運動強度の強いハードな登山に取り組んだりすることによって、関節の軟骨の傷みがプロスポーツ選手のように若い年齢で生じることは考えられます。

そして、もうひとつ考えられるのは、それ以前に負ったケガや捻挫の影響です。


柴田先生の指摘する「ケガや捻挫の影響」には思い当たる節がある。22歳で登山を始めてから、熱心に取り組んできた。ガイドになる以前のサラリーマンの期間は週末中心に活動し、年間の登山日数は50日程度だった。

この活動によって膝の軟骨がどの程度傷んだのかを判断することは難しい。しかし軽症程度のケガや捻挫をするケースは多かった。やはり気になるのは、ケガや捻挫の影響だ。

柴田先生は、怪我の影響についてこう指摘する。

たった一度の捻挫だったとしても、靭帯の構造が変わることにより、その後に続くダメージが残る可能性はあります。構造が変わって本来使えるはずの靭帯が使えなくなると、今度は捻挫を負った部位だけでなく、体全体のバランスまでもが悪くなってきます。

それを補うために、膝やその他の関節の筋肉の負担は大きくなるうえに、軟骨も傷んできます。その結果、少しの無理でも炎症が生じやすくなり、痛みが出たり関節液(水)が溜まったりする状態を繰り返します。

さらに進行して軟骨の摩耗が終末期になると、上下の骨同士がぶつかるようになって痛みはさらに強まります。こうなってしまうと、いろいろなところに影響が現れてきて、ひどいときには背骨が曲がってしまう例もあります。

本当に一度のケガが、体のバランスを崩すきっかけとなるのです。少年期や青年期のケガが、体の筋肉が衰えてくる40代、50代、60代になってすごく大きく影響してくるものなのです。


ケガや捻挫によるダメージは、想像以上に生涯に渡って影響を及ぼす可能性があるという。柴田先生の話を伺い、筆者の膝痛も若い頃の体のダメージが原因なのかもしれないと思えて、少し暗鬱な気分になった。

しかし、もう一つ疑問が生じた。それは、筆者の膝は常に痛むのではなく、痛いときと、そうでないときを繰り返すのだ。この症状についての柴田先生の見解は以下の通りだ。

最初の膝痛の原因は、ガイドになって急に山行回数が増えたことが、膝の関節への負担になったのが原因でしょう。しかし、それでも登山を続けたことで、大腿四頭筋など膝回りの筋肉が鍛えられてきたのではないでしょうか?

軟骨が傷んでも、筋肉をつけることによって関節に隙間を作ることができます。筋肉が関節の安定化の役割を果たしているのです。


膝回りの筋肉の強化は、膝の痛みを防ぐ方法として、非常に効果的だと言われている。膝の軟骨が傷んでしまったとしても、筋力を維持できるのならば、登山も問題なく続けられる可能性があるのではないだろうか。

 

膝痛対処に万能ではない筋肉

しかし柴田先生は、筋肉によって関節を守る方法は万能ではないと言う。そして、こう注意点を説明する。

 

筋肉での関節のサポートは、長い時間はできないので注意が必要です。筋肉は同じ動きを繰り返すと、疲労して働きが鈍るからです。

さらに筋肉で関節に隙間を作ったとしても、強い負荷がかかれば関節をずらす力も加わります。そのとき一時的に隙間が狭まって、骨や組織がこすれて痛みます。

そして痛みを感じると、動きはだんだん小さくなってしまう。動きが小さいと、新しい血液や酸素が入らないで、筋肉の疲労はどんどん増える。そうすると筋肉の働きはさらに鈍り、膝の痛みはますます強まってくるのです。

よく、登山の前半は平気でも、後半には膝が痛くなるという人がいるでしょう。一般的には下りのほうが、膝にかかる衝撃が大きくなるので痛めやすいと思われています。こうした理由ももちろんありますが、もう一つの理由、つまり長時間登山を続けることで筋肉が疲労し、関節をサポートする働きが鈍ることも、登山の後半で膝が痛みだす大きな理由なのです。


確かに、同じ動きを繰り返すと筋肉は一気に疲れてきてしまう。例えば、同じピッチの階段が長く続くときなどは、筋肉が疲れると同時に、膝も痛くなってくる。それは単純に疲れたからというだけでなく、筋肉による膝関節のサポートができなくなってきたことも原因だったのだ。

⇒後編へ続く

歩き方 セルフレスキュー
教えてくれた人

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟海外委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。2009年から登山ガイドの仕事を始め、2011年から『山と溪谷』『ワンダーフォーゲル』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。

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