垂直と水平 二つの旅『山の旅人 冬季アラスカ単独行』

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評者=黒田 誠(山岳ガイド)

山の旅人 冬季アラスカ単独行

著:栗秋正寿
発行:閑人堂
価格:2400円+税

 

これは、多くの子どもたちが夢に描き、ごく一部の若者だけが実現に向けて歩み出す冒険的な旅のお話。自分ではすっかり忘れてしまった夢や憧れを思い出させてくれる一冊である。

偶然にも著者とは同い年。行なってきた登山は一度も交わることはなかったが、この本に記されているエピソードのいくつかに、デジャヴを感じた。ヒマラヤ登山でメールランナーという飛脚のように手紙を運んでくれる存在を楽しみに待つ時間や、行き先の郵便局留めの手紙を楽しみに岩場から岩場へと彷徨うクライミングツアー。少しの間に失われてしまった懐かしい情景が連想させられ、今のとても便利な環境はすばらしいのだけれども、それが登山の楽しさを減じてはいないだろうかと考えざるを得なかった。

本書には、垂直と水平の二つの旅の物語が収められている。垂直の旅は、孤独のなかでの自分との対話、一人になった故の周囲との関係性を問う思索。そして、自分で自らの登山を形作っていくことも、登山を豊かなものにする方法ではないかと問いかけてくる。水平の旅では、旅先の出会いを大切にし、周りの方との交流が微笑ましくも羨ましい。著者の人間性が現地の人との関係性を豊かにしている。人柄がにじみ出る誇張のない率直な表現のおかげで読みやすい文章である。

アラスカと言えば、本書にあるデナリが有名なのだろうが、実際に彼の地に行った経験からすると、ぜひフォーレイカでの登山の話も詳細に記載してほしいものである。自分にとって登りたいと思わされる山は、フォーレイカであるから。

山と溪谷2021年1月号より転載)

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