10月でも立山はわずか一日で大量積雪。1989年10月8日の立山中高年大量遭難事故の現地検証

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2021年10月20日、北アルプス立山周辺では、寒気が入り込みかなりまとまった積雪となった。かつて、この時期・この地では季節外れの大雪で大量遭難事故が起きている。ちょうど寒気が入ったときに立山室堂に向かった大矢氏は、大雪の理由と現場で感じたことをレポートする。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。第25回目のコラム記事で1989年10月8日の立山中高年大量遭難事故について解説しています。『台風が季節外れの強い寒気を呼び込んだ』というのが、気象庁55年長期再解析データJRA-55を使った私の研究の結論です。

★過去記事:台風が季節外れの強い寒気を呼び込んだ。1989.10.08立山中高年大量遭難事故

しかし、普段はこの時期の立山はいったいどのような姿をしているのでしょうか。そして荒れるとどのような気象状況になるのでしょうか。実は、私は10月の立山にはまだ行ったことがありません。『百聞は一見に如かず』です。現地に行かないと分からないことがあると常々感じております。そこで20日~22日まで有給休暇を取って、実際に現地で検証してきましたのでご報告したいと思います。

2021年10月21日朝の立山(右から雄山、大汝山、富士の折立)と真砂岳(左端)撮影:大矢

 

大雪のため室堂入り予定日の20日のバスが運行停止

1か月予報と海外モデルの予想から、私は10月10日の時点で16日~22日の週に寒波が来て中部山岳北部で積雪する可能性を予想していました(ペンギンおやじのお天気ブログ)。今回の山行の計画書を所属するデンソー山岳部に提出した9月30日の時点ではまだこの寒波は予想できていませんでしたが、備えあれば患いなし・・・で、計画書には冬山装備のアイゼンとピッケルの持参を記入しています。

出発の前日の19日には、気象庁の地上天気図、GPV気象予想やWindyによる高層天気図を詳細に検討して、20日は冬型気圧配置が強まるため、立山・室堂周辺の新たな積雪は15cm(多い所で46cm)と見積もっていました。次節に紹介している富山県警察山岳警備隊のTwitterでは、19日朝の室堂と立山の雪は全くないのも確認しています。

19日の室堂と立山。雪は全くない様子がわかる


ところが、名古屋の自宅を出発した後の9:30の立山黒部アルペンルートのTwitterで大雪のため、20日は美女平を11:00に出る高原バスが室堂への最終便になるという寝耳に水の情報が入ってきました。みくりが池温泉に20日と21日に宿泊の予約を入れてあるため、慌てて20日の予約をキャンセルして、立山ケーブルカーの乗り場がある立山駅周辺のホテルの予約を取り直しました。

結局、20日は立山駅で足止めとなり、室堂へは朝一番のケーブルカーとバスで向かうことになりました。

 

積雪なしの室堂と立山が一気に冬山に変わった!!

富山県警察山岳警備隊のTwitterは、毎朝に室堂の朝8時の気象状況や登山の注意点を情報発信していて非常に参考になります。タイムラインを確認すると、最初に冬型気圧配置が強まった17日には、室堂で初雪が観測されて薄っすらと積もっています。18日に移動性高気圧が通過して日中の気温が上がったため、朝に数cmあった雪が次第に融けて、19日朝には室堂と立山の雪はいったん消えています。

そして、20日に再び冬型気圧配置が強まって、さらに強い寒気が入ったため、20日朝は15cm、21日朝は40cmの積雪となっています。私は21日9時にバスで室堂入りして、立山主峰の大汝山(3015m)に登るために室堂から一ノ越を目指して歩くと、もっと雪が多い感じです。

ピッケルを突き刺すと、シャフト長65cmのピッケルを握った腕が、手首まで埋もれる場所があったので、吹き溜まりでは80cmの積雪だったと思います。19日の富山県警察山岳警備隊のTwitterの写真からは信じられないほどの積雪があったことが確認できます。これが10月の立山の気象条件の怖さだと実感しました。

21日の室堂と立山は一面の銀世界。平均40cm、吹き溜まりで80cmの積雪

 

二度の冬型気圧配置による二段階の冷え込み

改めて調べてみると20日に一気に雪が積もったようです。それにしても、まだ10月なのになぜこれほどの雪が積もったのでしょうか。15日からの富山県警察山岳警備隊のTwitter情報をまとめると表のようになります。

10月16日までは全国的に暖かく、室堂も8時で10℃前後でした。17日に冬型気圧配置が強まると、約10℃も気温が低くなり、室堂で初雪が観測されています。

18日に移動性高気圧が通過して冬型気圧配置が緩んでも、雪が数cm残っていたため地面の温度が低い状態が維持されたようです。そこへ20日に再び冬型気圧配置が強まって、更に強い寒気が入ったため、地面に落ちた雪が融けにくくなって、一気に大量の雪が積もったようです。

室堂で聞くと、10月でも大量の積雪はよくあるそうで、雪がある時とない時の落差が大きいとのことです。10月の立山付近の気象条件として覚えておかれると良いと思います。

10月17日9時の気圧配置(図左)と10月20日9時の気圧配置(図左)

 

15日のシベリアでは真冬並みの寒気が育っていた

実はまだ立山が暖かかった15日の時点で、すでにシベリアでは高気圧が1052hPaまで発達していました。シベリア高気圧は、極寒のシベリアの地面に近い所にある空気が冷やされ縮んで、密度が高くなる→気圧が高くなることによってできる高気圧です。そして気圧が高いほど寒気が強いことを示しています。この真冬並みの寒気が今回の大雪をもたらしたようです。

10月15日の気圧配置。シベリアでは高気圧が発達していることが確認できる

 

雪の状態が悪く、一ノ越で撤退を判断

一ノ越までは朝一番で登った人によるトレースがあって、それほど苦労せず行けましたが、問題はここからでした。室堂で登山計画書を提出した時に、山岳警備隊の人から“雄山の下りが危ない”と注意されていましたが、これは非常に的確なアドバイスでした。

一見表面はウインドクラストしているように見えますが、岩の上に降ったばかりの雪が乗っている状態でアイゼンが効きにくく危ない。それでも雄山に登った猛者もいましたが、途中で引き返す人の方が遥かに多い。私は試しに一ノ越から少し上に登ってみて、撤退の判断をしました。

大変残念ですが、この時期の立山を体感できたこと、久しぶりに槍ヶ岳を拝めたことで目的は達成できたので大満足です。

紺碧の空に映える雄山への急斜面。岩の上に降ったばかりの雪が乗っていた(撮影:大矢)
 

一ノ越で撤退。中央から少し左に槍ヶ岳が見える

 

『また山においでよ』と立山が呼んでいた

一ノ越からみくりが池温泉に降りて温泉入った後、ビール片手に登れなかった大汝山を眺めながら一人反省会。最終日の22日も晴れて、朝日を受けて輝く剱岳や奥大日岳、雄山付近から昇る朝日が映えるみくりが池を見ていると、立山から『また山においでよ』と呼ばれた気がしました。また、いつの日か是非とも立山に来たいと思います。

雄山(3003m)付近から昇る朝日が映えるみくりが池(撮影:大矢)

 

山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす

著:大矢 康裕/監修:吉野 純
発行:山と溪谷社(ヤマケイ新書)
価格:1,100円(税込)

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

編集部おすすめ記事