「警報級の大雪」に興奮、のち疲労困憊|北信州飯山の暮らし

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第25回は、雪国における「警報級の大雪」の話。

文・写真=星野秀樹

 

 

「これから翌朝までに予想される降雪量は、いずれも多いところで、大北地域や中野飯山地域で50cm。屋根からの落雪や吹雪による交通障害などに厳重な注意をしてください。」
天気予報が、なにやら恐ろしいことを言っている。
「さらにその後、明日朝から明後日にかけて雪は降り続き、中野飯山地域など北部県境付近を中心に70cmの降雪が見込まれます。」
むむ、これは大雪だ。
最近は毎度お馴染みの冬将軍に変わって、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)なる新手のアイドル集団のような強烈な寒気団がやって来るようになったけれど、何が到来しようと冬の豪雪地帯の日常は、多かれ少なかれ毎日雪が降っている。
がしかし、警報級の大雪となると話しが違う。ちなみにここ中野飯山地域で大雪警報の出る基準は、12時間降雪の深さが40cm。それが東京では10cmだというから、その値にだいぶ差がある。これは豪雪地帯に住む人間の忍耐力が問われているわけではなく、行政や個人の雪に対する備えはもちろん、技術、経験、感覚などの違いによるものだ。

さて、大雪だ。
天気予報を繰り返し確認する。気象情報を何度も調べる。降雪量予測に一喜一憂する。
除雪機のガソリンは十分か。車のガソリンも大丈夫か。灯油や薪は?
これから家屋ともども埋め尽くすであろう大雪を想像して身震いする。それは不安だけではない、何か得体の知れない興奮を感じるから。さあ、どう切り抜けてやろうか、と身構える感じ。いや、もっとなんていうか、ワクワクすらしている自分に気づく。遠洋航海に出る船人は、シケを前にしたとき、どんな心境になるのだろう。

冬山登山なら、入山前に強烈な寒波がやって来れば計画を中止するか変更する。
入山中であれば早々に撤退するか、大雪に閉じ込められない安全圏まで移動するか、はたまた悪天をやり過ごすべく長期停滞の覚悟を決める。
時には判断を誤り、猛吹雪の撤退なんていう失態もやらかしたりしたけれど、太刀打ちできない自然の猛威に捕まる前に、逃げ出すのが一番だと僕は思っている。

 

 

しかしそんな大雪から逃げ出せないのが豪雪地帯に暮らす者の務めだ。
雪は雨と違って静かに降る。文字通り、しんしんと降る。だから静かな夜ほど朝が怖い。朝5時前から除雪に出ると、案の定除雪機はすっかり埋まって小山になっていた。
朝2時間除雪しても、夕方にはまたそれ以上の雪が積もっている。予報では明日もこの雪が続くという。大雪前のワクワクなんてどこ行った?すでに疲労と不安に苛まれ、玄関に置いてあるスキーを見るだけで、雪が想像されて嫌な気分になってくる。

やがて大雪の峠は越えた、なんて天気予報で伝えられるものの、他所が止んでもまだ降り続くのがこの鍋倉山山麓の掟だ。もう雪の持って行き場がない。頼むから、もう雪なんていらないから、なんて天を仰ぎながら情けない弱音を吐くのはこんな時だ。
降雪が一段落して気温が上がりだすと、今度は屋根に降り積もった多量の雪が落ち始める。
玄関前も、車庫へと抜ける通路も、まるで雪崩をかぶったかのように埋め尽くされる。とにかくこれを早々に処理しなければならない。ぼやぼやしていれば、また次の大雪がやって来てしまうから。

そんなことの繰り返しで豪雪の日々が過ぎて行く。降雪と、機械で飛ばした雪で家屋周辺は高い壁となり、2月ともなれば「雪の大谷」が随所に出現する。それでも高山と違い、やはりここは人が住むところ。ひとたび日差しが戻れば、その温さのありがたみをしみじみと感じる。そんな太陽の温もりと、美しい雪景色を前にしていると、人間は、自然に生かされている存在なんだな、と実感するのだった。

 

 

●次回は3月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

ずくなし暮らし 北信州の山辺から

日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から山を行き来する日々の暮らしを綴る。

編集部おすすめ記事