ソーシャルネットワークを活用した経験学習の環境実現に向けて

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日本大学工学部嶌田研究室で進めている、ソーシャルネットワークを活用しての自立した登山者の育成を支援するしくみづくり。そのためのアンケート調査を開始したが、その調査項目の意味やねらいを詳しく説明する。

 

登山の知識や技術は、経験に基づいて学ぶのがよいと言われます。登山は、人が自然と対峙する現実世界での活動なので、不測の事態が発生することが多いものです。そのため、自分やそこに居合わせた人たちだけで対応しなければならないので、実践的な知識や技術が求められます。あるマニュアル本を理解すれば、これでよしということにはならないのが登山なのです。

入門者が実践的な知識や技術を獲得するには、一般に次のようなステップを経ることになるでしょう。

  • まず、道具の使い方や携行品などの形式的で基本的な知識を学ぶ。

  • 次第に知っている知識から使える知識が増えていく。

  • その後、状況に応じて適切に対応できる実践的な知識を獲得していく。

  • さらに、上級者や熟達者のレベルになると新たな知識を創造する人もでてくる。

このようなレベルアップを入門者が目指す学びの例として、ボルダリング、野球のバッティングやテニスのスイング・・・、つまり身体動作に関する知識や技術を習得する場合は、模範動作を模倣するパターン練習から入り、反復練習や実践練習を繰り返し、試合などの体験を振り返りながら上達していきます。

こうした種類のスポーツは、学ぶべきことが明確になっていて練習メニューも体系化されています。

それに対して、例えば企業でのマネージャーの育成の例では、基本的なマナーやセオリーなどは研修や自己啓発で習得しますが、大半は日々の活動のなかで学ぶ「OJT(On-the-Job Training)」と呼ばれる方法が用いられています。

決まった育成方法はなく、日々の経験から学ぶことになり、質の高い経験の量や本人の取り組む姿勢、洞察力、実行力などで成果が大きく異なってきます。登山の学びはこちらに似ています。

 

登山入門者や単独行動の登山者に学習プロセスを支援するために

登山の入門者が上級者へステップアップするためには経験に基づく学習が効果的です。このような学習方法は経験学習と呼ばれていて、これは次の4つの学習プロセスを順番に取り組み、そのサイクルを繰り返すことによって学び、成長していく方法です。

  • ステップ1: 具体的な経験

  • ステップ2: その経験をさまざまな観点から振り返りを行う省察

  • ステップ3: 振り返りで得られたことを一般的に適用可能な知識へと導く概念化

  • ステップ4: 導出した知識を積極的に実践して検証を行う試行

前回の記事で紹介した私自身の登山の学びは、まさにこれらのプロセスを回していました。そしてこのプロセスは、かつては組織に所属することで実践できましたが、今では機能していないのは前回に述べたとおりです。

★前回記事:「自立した登山者」育成に必要な、登山の主体的な学びを推進する学習環境構築のためにできること

そこで、入門者や単独で行動している登山者にも、このような経験学習を展開できるようにしたい。まずは、学習をスタートしないと始まらないので、最初の2つのステップを強力に支援する必要があると考えています。

ステップ1の経験することでは、学びの機会や気づき、発想の拡大につながる経験が求められます。このような経験を個人レベルで得るのは厳しいでしょう。そこで、他人の体験を通して疑似的に経験してもらいます。

 

疑似体験が成功するには、自分が登る予定の山で実際に起きた事例や自分の登山活動で実際にありうると思えるような他人の経験事例が有効です。なかでも遭難事故になりかねないヒヤリハット体験をエピソード風に描写した成功事例や失敗事例の体験記事が効果的です。このような趣旨にマッチした体験記事を昨年度のアンケートで収集することができました。

登山のバリエーションとして、山域、季節、登山形態、パーティ構成、登山の知識や技術のレベル、登山の志向など様々でその組み合わせは膨大ですので、できるだけ多くのヒヤリハット体験記事を集めたいです。

現在実施中のアンケートにおいてこのようなヒヤリハット体験を募集していますので、ご協力、よろしくお願いいたします。

★遭難体験・ヒヤリハット体験に関するアンケート(2017年版)

 

ヒヤリハット体験をした本人による3×4要因分析表の意味

ステップ2の省察では他人のヒヤリハット体験を分析します。その結果、自分が学ぶべきことが明らかになったり、自分の知らなかった新しい発想が生まれたりするとよいのですが、こちらも個人レベルで行うには限界があります。そこで、ヒヤリハット体験をした本人による要因分析と対策も同時に収集しています。

要因分析では振り返りのポイントを明確にするため、3×4要因分析表を導入しています。

これは登山活動の工程を計画時/出発直前/行動中に分割し、リスクマネジメント対象をヒューマンファクター(登山者の知識、技術、経験、体調など)/装備/登山コース/山の状況(気象、崩壊、積雪など)の4つに分割した3×4の表です。

この表の該当するところに要因があれば記載してもらいます。従って、現在実施中のアンケートではヒヤリハット体験と同時に3×4要因分析や対策に関する記載もお願いしています。

昨年度のアンケートで回答された3×4要因分析では、記載された要因のほぼ半数がヒューマンファクターに関するものでした。この結果からヒューマンファクターの要因を振り返るポイントを拡充させる必要があると考えています。

★登山技術の学びと山岳遭難に関するアンケート調査(2016年の調査結果)

登山者は、問題が発生したときに何らかのリスク回避の対応を行っています。リスク低減のために登山者が意図的な対応を行うときの心理や経験則としてどのような観点があるかが明らかになると入門者や単独の登山者もステップ2の省察が行いやすくなります。

そこで、現在実施中のアンケートでは、登山活動中の様々なシチュエーションでの習慣や考え方について質問しています。

以上、説明しました通り、登山者の貴重な経験や経験知を集約してネットで公開し、経験学習の教材として活用できれば登山者コミュニティ自身で登山者を育成するソーシャルラーニングが実現できます。このような趣旨に賛同して頂いた方にはアンケートへのご協力よろしくお願いいたします。

 

■アンケートにご協力ください

ヤマケイオンラインでは、日本大学工学部の嶌田研究室と共同で、「遭難体験・ヒヤリハット体験に関するアンケート」を実施しています。

アンケート結果については、登山者の遭難事故防止に向けた研究・取り組みに役立てます。また一部はヤマケイオンラインでも公開いたします。回答には10数分の時間を要しますが、ぜひご協力ください。

⇒アンケートフォームはこちら。

 

プロフィール

嶌田 聡(しまだ さとし)

1961年、滋賀県生まれ。金沢大学卒、工学博士。2013年より日本大学工学部電気電子工学科教授。
画像・映像処理を扱うメディア情報学やマルチメディアを活用した教育工学が専門で、スポーツ、登山、看護などの分野での技能コンテンツの作成や、持続的な知識創出を可能とするソーシャルラーニングの研究開発を行っている。
登山については大学山岳部で始め、以来、継続してクライミング、冬季登攀、山岳スキーなど幅広く活動。山岳ガイドとして登山者の育成も実践している。
 ⇒日本大学工学部 嶌田研究室「登山の知識&ヒヤリハット」

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