超人の素顔に迫り、アメリカの現代登攀史を知る『THE IMPOSSIBLE CLIMB アレックス・オノルドのフリーソロ』【書評】

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評者=北山 真

THE IMPOSSIBLE CLIMB アレックス・オノルドのフリーソロ

著:マーク・シノット
訳:西川知佐
発行:東洋館出版社
価格:2200円(税込)

 

2015年に刊行されたアレックス・オノルドの自伝『アローン・オン・ザ・ウォール』(16年、邦訳)。これには世界中が驚愕し映画化もされた、彼のエル・キャピタンのフリーソロ(17年6月に完登)のエピソードは含まれていなかった。本書はその世紀の偉業に焦点を当てたものだが、3時間に及ぶフリーソロとはいえ、さすがにその記録だけで一冊の本を仕立てるのは無理であった。

筆者のマーク・シノットは、これまで世界各地の岩場に遠征してきた登山家。カラコルムのグレートトランゴではおそらく世界最長のルートである1800mのパラレルワールズを初登、さらにエル・キャピタンの登攀は22回に及び、難ルート、ザ・レティセントウォールの第2登も成し遂げたという〝まっとうな〟クライマーである。

この本のおよそ2割を占めるのはそれらシノット自身の戦歴である。加えて、アメリカの伝説的なフリーソロイストたち、ジョン・バーカー、ピーター・クロフト、ディーン・ポッターについての考察や、アレックス・ロウやリン・ヒルといった一線のクライマーらにより確立されていったチーム「ザ・ノース・フェイス」の逸話などが挿入される。超人オノルドの素顔に迫りながら、アメリカの登攀史を多角的に知る読み物なのである。

周縁の話をちりばめながら、物語はハイライトであるオノルドのエル・キャピタン「フリーライダー」ルートの世界初のフリーソロへ突入する。岩壁の標高差1000m、29ピッチ、最高グレード5・13a、これをロープを付けずに登るというのである。

フリーソロの困難さはむろんその岩がどれだけ難しいかが重要だが、その長さも非常に大きい。それまでに行なわれていた5、6ピッチのルートであれば30分から1時間その緊張を保てばよい。しかし29ピッチとなると一瞬のミスも許されない状況が3時間続くのである。

これに耐えられる人間はよほど特殊な精神構造を持っていると思われる。本書にも専門の科学者がオノルドをチェックした記述がある。結論としては「強烈な刺激を求める」性格でありながら「高度な感情調整機能を備えている」ということのようだ。オノルドがエル・キャピタンのフリーソロに成功したのは、限界を探ろうとする衝動を、慎重な計画性、勤勉さ、忍耐力で抑えていたからなのである。

オノルドがエル・キャピタンのフリーソロを意識したのは9年ほど前のこと。そしてフリーライダーにターゲットを絞り、3年間リハーサルを繰り返してきた。あたりまえだが、決して突然の思いつきやイチかバチかの賭けによる行為ではなかったのだ。

 

評者=北山 真

きたやま・まこと/1952年生まれ。フリークライマー、編集者。86年に『岩と雪』編集部へ。全国の岩場でルート開拓を行ない、クライミングコンペの運営にも携わる。共著に『ヤマケイ登山学校 フリークライミング』(山と溪谷社)ほか。

山と溪谷2023年2月号より転載)

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