田中澄江の感性に触れる山旅。花の百名山を訪ねるコースガイド①

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

作家、田中澄江が花と山との結びつきを100選び、紹介した『花の百名山』。1977年から79年にかけて雑誌『山と溪谷』で連載され、80年に書籍にまとめられた。そのエッセンスを凝縮した『山と溪谷』2020年4月号の第2特集「田中澄江と『花の百名山』」のなかから、澄江が綴った文章とともに、11のコースを紹介したコースガイド記事を転載する。

イラストレーション=Miltata
*引用箇所出典=『花の百名山』
(2017年/文春文庫〈新装版〉)

 

 

五色ヶ原とクロユリ

「立山に来て成政のことをしのんでいる私に、
いち早く成政にゆかりのある
クロユリが顔を出してくれたのだろうか。」

クロユリ〈ユリ科〉

高山帯の草原に群落で見られるが、出合う数はそう多くはない。異端の「黒い」花だが、実際は暗紫色に近い。斑点のような模様があり、どこか可憐さとは違う雰囲気をもつためか、「恋」とともに「呪い」の花言葉をもつことで知られる。


黒部川に沿って、立山から薬師岳へ連なる山稜の一角に、ポツンと広がる高原が五色ヶ原(ごしきがはら)だ。立山カルデラの縁から東へ緩やかに下っていく広大な傾斜地は、チングルマやハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲなど数多くの高山植物が咲く、雲上の楽園である。

さて、この浄土山からザラ峠へ至るルートは、かつて戦国の武将・佐々成政が「冬の針ノ木峠越え」としてたどった道。過酷な黒部の谷越えをもって、己の政治的野心を成そうとした成政を、田中澄江は「最高に自分の人生への積極的姿勢を樹立させていった男」と表現する。「敗将佐々成政のような生き方が好き」だと語る。大いなる立山、黒部の自然を前にして、悠久の時を感じる山旅に身を置いた澄江は、取るに足らない人間の所作に固執するよりも、堂々と自分の意思を全うしようとした成政の生き方にこそ、魅力を見いだしたのだろう。

この佐々成政とクロユリは、「伝説」として切っても切れない縁にある。成政の側室・早百合が、陰謀が元で殺される際、立山のクロユリに佐々家の滅亡を招く呪いをかけたという「伝説」だ。しかし澄江は、「高山に咲く花にひとを呪うなどといういまわしい心をあてるのはふさわしくない。」と言う。花と山を愛し続けた澄江らしい言葉だと思う。

ルート中、クロユリは鬼岳と獅子岳とのコル付近で見られる。鬼岳東面の急な雪渓を下った後の草原に咲くクロユリは、「呪い」などとは縁遠い、癒やしを与えてくれるだろう。

(文・写真=星野秀樹)

朝の光に輝く五色ヶ原。黒部の谷を挟んで
正面に針ノ木岳がそびえる

足元の黒部湖と針ノ木岳から赤沢岳へ至る稜線

鬼岳東面は急な雪渓が残る。
不安を感じるようならアイゼンを装着すること

山行プラン

富山県 五色ヶ原(2500m)

室堂→浄土山→ザラ峠→五色ヶ原山荘(泊)→刈安峠→平ノ小屋→黒部ダム
⇒ヤマタイムで五色ヶ原周辺の地図を見る

参考コースタイム:[1日目]5時間20分 [2日目]6時間45分
2万5000分の1地形図:立山・黒部湖

アクセス

公共交通機関:
[行き]〈長野県側〉JR大糸線信濃大町駅(バス40分、1650円)扇沢(立山黒部アルペンルート約1時間30分、6850円)室堂 
〈富山県側〉富山地方鉄道立山線立山駅(立山黒部アルペンルート約1時間10分、4090円)室堂
[帰り]黒部ダム(電気バス16分、1800円)扇沢(バス40分、1650円)JR大糸線信濃大町駅

アドバイス

鬼岳の東面は傾斜の強い雪渓を下るので滑落に要注意。雪渓は8月中旬まで残る。浄土山までは一ノ越経由のルートもある。時間と体力に余裕があるなら立山を往復するのもおすすめ。

花情報

クロユリ、ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、コバイケイソウ、チングルマなど多くの花に出合える。7月中旬の雪解けとともに8月前半が花期のピーク。

問合せ先

立山自然保護センター TEL:076-463-5401
HP:https://tateyama-shizenhogo-c.raicho-mimamori.net/

 

大雪山とイワウメ

「まことに眼もあやに美しい
高山植物の大群落を、
たっぷりと心ゆくまで
鑑賞することができた。」

イワウメ〈イワウメ科〉

岩場に生える美しい花を梅に見立てたのが名前の由来。高さは3㎝程度の常緑低木で高山帯の岩礫地や岩壁に張り付くように隙間なく生育する。花は白色で、枝先から2cmほどの花柄上に1個つく花冠は5裂する。


アイヌの人々は大雪(だいせつ)山のことを「カムイミンタラ」と呼ぶ。「神々の遊ぶ庭」という意味だが、神々とは山の神=クマのことを指し、現在でも時々クマの目撃情報があるという。

旭岳ロープウェイの姿見駅周辺にはお花畑が広がり、その先は砂礫帯へと変貌し黒岳山頂まで広がる。砂礫帯では、エゾタカネスミレなどの固有種やチシマクモマグサ、クモマユキノシタが見られる。イワウメは凍結と融解を繰り返す周氷河地形でできた「構造土」付近に見られ、大だい雪せつ山の成り立ちの上に咲く花として興味が湧くことだろう。

このような様子を田中澄江は、「薄黄いろのイワウメの花が、その紋様なりに群生し、そのまま着物の模様のように見える。」と記している。黒岳山頂を下ると高山帯の花が群生をなし、コース全体がお花畑のようだ。

(文・写真=谷水 亨)

イワウメと黒岳の南西に広がるお鉢平。
中央は凌雲岳、右は桂月岳

山行プラン

北海道 旭岳(2291m)~黒岳(1984m)

姿見駅→旭岳→北海岳→黒岳→黒岳七合目駅
⇒ヤマタイムで旭岳周辺の地図を見る

参考コースタイム:7時間35分
2万5000分の1地形図:旭岳・層雲峡

アクセス

公共交通機関:
[行き]JR函館本線旭川駅(バス1時間40分、1800円)旭岳(ロープウェイ10分、1300円〈6月〜10月20日は2000円〉)姿見駅
[帰り]黒岳七合目駅(ロープウェイ+リフト約22分、2000円)層雲峡(バス1時間55分、2140円)JR函館本線旭川駅

アドバイス

旭岳は出発から砂礫帯で、視界不良時は登山道が不明瞭になる。旭岳山頂から黒岳石室までは道迷いに注意。

花情報

姿見駅付近ではエゾノツガザクラの群生、旭岳からはエゾタカネスミレ、イワヒゲ、北海岳の先には白のイワブクロやチシマクモマグサなどが咲く。黒岳からはチシマノキンバイソウなどの高山植物が美しい。イワウメの花期は6~7月。

問合せ先

旭岳ビジターセンター TEL:0166-97-2153
HP:https://www.asahidake-vc-2291.jp/

層雲峡ビジターセンター TEL:01658-9-4400
HP:http://sounkyovc.net/

 

栗駒山とヒナザクラ

「(ヒナザクラの花の)白とは
自分を相手次第のいろに染める
素直さそのものに見えた。」

ヒナザクラ〈サクラソウ科〉

東北地方の高山の湿原や雪田草原に群生するサクラソウ科の多年草で、丈は7~15㎝、小ぶりな花を2~8個つける。赤花が多いサクラソウのなかで、清楚な白いこの花は静かな東北の山に似合っている。


栗駒(くりこま)山は飛翔する天馬の雪形からその名がついたといわれ、平安時代から和歌に詠まれた秀峰だ。豪雪地帯に位置しているため、雪渓や雪田が盛夏まで残り、雪解けとともに現われる高層湿原や雪田草原には、約150種の高山植物が次々と咲いて山上の楽園をつくりだす。

須川温泉から栗駒山へ登る途中で、初めてヒナザクラに出合った田中澄江は、「栗駒山のヒナザクラを見た時、あまりにも小さいのに感動したのであった。」と述べている。

現在、須川コースの昭和湖付近で火山性ガスが流出し通行禁止になっているため、苔花台(たいかだい)から産沼コースを迂回して山頂をめざす。栗駒山に咲く花々に出合うためには秣(まぐさ)岳を周回するコースがおすすめだ。栗駒山随一といわれる展望岩頭の眺望と、しろがね湿原のヒナザクラの群落は見逃せない。

(文・写真=曽根田 卓)

緑したたる御室下の雪田草原から
栗駒山(右のピーク)を望む

山行プラン

岩手県・秋田県・宮城県 栗駒山(1626m)

須川温泉→産沼コース→栗駒山→しろがね湿原→秣岳→須川温泉
⇒ヤマタイムで栗駒山周辺の地図を見る

参考コースタイム:5時間20分
2万5000分の1地形図:栗駒山

アクセス

公共交通機関:
[往復]JR東北新幹線一関駅(バス1時間30分、1480円)須川温泉(1日2往復なので注意)

マイカー:
東北道一関ICから国道342号を利用し約42㎞、約55分で須川温泉。須川高原温泉前に300台の無料駐車場あり。

アドバイス

産沼コースはゼッタ沢と三途ノ川の徒渉がある。増水時には注意したい。秣岳から秣岳登山口の区間は、6月中旬まで雪渓が残るのでアイゼンが必要。

花情報

ヒナザクラが咲く6月中~下旬は、コース上でイワカガミ、ミズバショウ、サンカヨウ、イワウメ、コメバツガザクラ、タテヤマリンドウが見られる。

問合せ先

須川ビジターセンター TEL:0191-21-8413
須川高原温泉 TEL:0191-23-9337
HP:http://sukawaonsen.jp/

 

大滝根山とシロヤシオ

「─私は、この花の下で、
このまま倒れて
死んでもいいと思った。」

シロヤシオ〈ツツジ科〉

シロヤシオの白い清楚な花に目を奪われるが、五葉の雅な葉形にも目を向けたい。5枚ずつ輪生するところからゴヨウツツジ(五葉躑躅)とも呼ばれる。葉並びは実に美しく、敬宮愛子内親王殿下のお印となった。


「ゆけどもゆけども、その純白と、その新緑が尽きることなく、自分の前後左右をかこんでいる。これらの色彩は音を添えるなら、どんな音がふさわしいか。いや、その花たちと、その葉たち自身が、すでに甘美な音をたててひびきあっているようである。幾度か足をとめ、私は、その音に耳を傾けたいと思った。」

田中澄江は山中でシロヤシオに出合い、花と葉に音を感じていた。山頂の雄大な風景に交響的響きを感じ、沢の流れにピアノのアルペジオを想い、森の中ではチェロが短調で哀愁を奏でる。

これは私のような凡人の感覚だが、澄江には次々と現われる純白の花と新緑の五葉が、甘美な音を立てて響きあっているのだ。その感性は尋常ではない。

大滝根(おおたきね)川源流の御沢を登るコースは、森の中を通る。山頂直下の急坂でシロヤシオに囲まれ、その花と五葉にどんな調べか耳を傾ける価値は充分にある。

(文・写真=奥田 博)

高柴山から、阿武隈山地最高峰の大滝根山を
真東に望む

山行プラン

福島県 大滝根山(1192m)

仙台平登山口→大越登山口→御沢→大滝根山→仙台平登山口
⇒ヤマタイムで大滝根山周辺の地図を見る

参考コースタイム:3時間15分
2万5000分の1地形図:上大越・小野新町

アクセス

公共交通機関:
[往復]JR磐越東線神俣駅(徒歩約4km、約1時間30分。またはタクシー約15分、約2000円。羽場タクシーあぶくま洞営業所 TEL:0247-78-3167)仙台平登山口

マイカー:
磐越道小野ICから国道349号、県道36号、磐越東線を越え、あぶくま洞入口を左に見て仙台平登山口へ。3台程度駐車可。満車の場合は大越登山口(温泉施設跡地)に駐車。

アドバイス

南の「石ポッケコース」でもシロヤシオが見られる。仙台平南にある「あぶくま洞」は、東北随一の規模を誇る鍾乳洞。時間があれば立ち寄りたい。

花情報

シロヤシオなど木の花は年によって花つきが大きく異なる。花の当たり年・外れ年がある。シロヤシオは5月下旬~6月上旬、シャクナゲも同じ時期。

問合せ先

田村市滝根行政局 TEL:0247-78-2111

 

田代山とキンコウカ

「─空の青さが、群がり咲く
キンコウカの花の黄に染まって、
緑めいて見える。」

キンコウカ〈キンコウカ科〉

キンコウカは群生することが多い。太陽の光で黄色に輝くさまは、金光花の名も納得できる。花茎は20~30㎝になる。6枚の花被片が星形に開いた黄花を総状に多数つけ、下から順に花を咲かせる。


田代(たしろ)山は『新編会津風土記』に「山中に広き原あり、其中に田畝の遺形ありと云」とある。田代とは田んぼのことで、転じて湿原を指す。この田代山山頂はすべて湿原で覆われ、夏には多くの花々で埋めつくされる。

この山上湿原では、一面に広がるお花畑に囲まれた経験が二度ある。ひとつはワタスゲの綿毛が一面に広がり、風に揺れる不思議な光景。もうひとつは真昼の太陽を受けてキンコウカの黄金色が湿原を埋めつくす風景だ。圧倒的なお花畑を前にコーヒーを飲みながら至福の時を過ごした。花は人々に元気を与えてくれる。田中澄江は田代山の章をこんな言葉で結んでいる。

「この黄の花の群れの中に身を埋めて、ひろいひろい空を眺めやる。自然がこんなにも美しいなら、もうちょっと、もうちょっと、生きてみよう。そんなつぶやきを心にくりかえしながら。」

(文・写真=奥田 博)

黄色いキンコウカが咲く田代山から、
三岩岳の頂を望む

山行プラン

福島県・栃木県 田代山(1926m)

猿倉登山口→小田代湿原→田代山頂湿原→田代山避難小屋〈往復〉
⇒ヤマタイムで田代山周辺の地図を見る

参考コースタイム:2時間45分
2万5000分の1地形図:湯西川・帝釈山

アクセス

公共交通機関:
[往復]会津鉄道会津高原尾瀬口駅(シャトルタクシーが便利。約1時間20分。株式会社みなみあいづ TEL:0120-915-221、往復12000円、要予約)猿倉登山口

マイカー:
東北道白河ICから国道289号、121号、352号を経て、舘岩から湯ノ花温泉経由で猿倉登山口へ。無料駐車場あり。

アドバイス

猿倉登山口にはトイレと大駐車場が完備。トイレは山頂にもある。山頂湿原は木道が敷かれ、一方通行の周回コースとなっている。

花情報

キンコウカは7月中旬~8月中旬、ニッコウキスゲ、ワタスゲは6月下旬~7月中旬、ほかにもチングルマ、タテヤマリンドウなど。

問合せ先

南会津町舘岩総合支所 TEL:0241-78-3320

 

山を歩く、花を楽しむ

全国で人気の花の山、関東周辺「花の百名山」のコースガイドや、花に関するコラムを掲載。

編集部おすすめ記事