ルポ・秋の南アルプス周遊。北沢峠をベースに仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・栗沢山へ

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秋色に染まる南アルプス。北沢峠の快適なテント場をベースに、仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・栗沢山の3つのピークを巡り、秋の撮影を楽しんだ。

写真・文=宮本宏明

北沢峠をベースに仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・栗沢山の秋を満喫

新型コロナの第7波が落ち着いてきた2022年の秋、南アルプス北沢峠の快適なテント場をベースに仙丈(せんじょう)ヶ岳・甲斐駒(かいこま)ヶ岳・栗沢(くりさわ)山の3つのピークを巡り、秋の撮影を楽しんだ。

9月30日の早朝にマイカーで自宅を出発。今日は北沢峠のテント場へ行くだけなので、高速を利用せずのんびり国道を走る。途中、青空にそびえる甲斐駒ヶ岳の眺めがすばらしかった。杖突峠を越え、11時前に仙流荘の駐車場に到着。12時10分のバスで北沢峠へ。車窓からは鋸(のこぎり)岳が大迫力で眺められた。

13時前に北沢峠に到着。長衛小屋のテント場へは10分ほどだ。3泊分の料金を支払い、広い敷地の端、流れを見下ろす場所にテントを張った。コーヒーを飲んでひと休みしてから、カメラを持って周辺を散策。紅葉はまだここまで下ってきておらず、緑の世界だ。苔むした倒木や樹林を撮影して遊んだ。テントに戻ると日が陰り、一気に10℃くらいまで冷えてきた。日が暮れると、満天の星空が広がっていた。明日はどのような光景に出合えるだろうか。

長衛小屋テント場の夜景
長衛小屋テント場の夜景

仙丈ヶ岳で甲斐駒ヶ岳と鋸岳を正面に眺める

10月1日、2時半に起床。5℃くらいまで冷え込んでいる。今日は仙丈ヶ岳に登る。急いで朝食を食べ、日帰り装備で身軽に出発。ヘッドランプの明かりを頼りに、ぐんぐん登ってゆく。前後にも明かりが見え、お互いに意識し合っているのか、みな結構なハイペースだ。1時間半ほどで大滝ノ頭まで上ってしまった。ちょうど日の出の時刻で、馬ノ背が赤く染まっている。今回はここから馬ノ背へのトラバース道に入る。藪沢一帯の広葉樹林は秋のたたずまいだが、色づきはあまりよくない。台風の影響だろうか、葉が傷んでチリチリになっている木が多かった。

馬ノ背からの藪沢カールと仙丈ヶ岳
馬ノ背からの藪沢カールと仙丈ヶ岳
日陰に霜が残っていた
日陰に霜が残っていた

馬ノ背ヒュッテのベンチで休憩した後、馬ノ背の尾根に上がった。丹渓新道の分岐を少し入ってみると、色づきはじめのダケカンバを前景にした仙丈ヶ岳の眺めがすばらしい。眺めのよい尾根から藪沢の源流部に入って登ってゆくと、カールに立つ仙丈小屋に着いた。甲斐駒ヶ岳と鋸岳を正面に眺めるベンチで大休止。温かいスープとパンでひと息ついた。ここからカールの縁をひと登りで仙丈ヶ岳に到着。頂上は小仙丈尾根からの登山者で大にぎわいだ。

藪沢カールの縁からの甲斐駒ヶ岳が大きい
藪沢カールの縁からの甲斐駒ヶ岳が大きい

30分ほど眺めを楽しんで頂上を後にした。小仙丈尾根の下りは、続々と上ってくる登山者とすれ違うのが大変。小仙丈ヶ岳も超満員だ。しかし、樹林帯まで下るころには上ってくる登山者はいなくなり、快調なペースで下った。

黄葉の小仙丈ヶ岳とアサヨ峰
黄葉の小仙丈ヶ岳とアサヨ峰
稜線に点々とウラシマツツジの紅葉が
稜線に点々とウラシマツツジの紅葉が

長衛小屋に帰ってくると、テント場が隙間もないくらいいっぱいになっており、びっくり。聞くところによると、今日はなんと400張もあるという。久々の晴天の週末だからだろう。水分補給しながらひと休みして、早めに夕食を食べてシュラフに入った。テント場のあちらこちらで酒盛りをしており騒がしかったが、19時にはちゃんと静かになり、ほっとして眠りについた。

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この記事に登場する山

山梨県 長野県 / 赤石山脈北部 

仙丈ヶ岳 標高 3,033m

 南アルプス北端の3000mの山。北に屹立する甲斐駒ヶ岳に比べ、穏やかな山姿で、片や男性的とすれば、こちらは女性的な印象を受ける。女性的だからか、大変な恥ずかしがり屋で、甲州側の平地では、その姿を見ることはできない。  古くは、甲斐駒ヶ岳の前座として、前山(めえやま)の名があった。その他、お鉢岳の異名もあった。豊かに発達した氷河地形から名づけられたものと思う。仙丈の字にしても、千畳敷からきたものであろう。やはりカールを意味するのではないか。確かに『甲斐国志』も、明治20年出版の『新撰甲斐国地誌略』のいずれも、千丈ヶ岳と記載されている。  このカールは、高山植物の宝庫である。夏季、藪沢源流部、大仙丈沢、小仙丈沢などに大きなお花畑を見ることができる。  交通の便がよく、伊那側、甲州側ともに、登山基地となる北沢峠まで、それぞれ村営バスで入ることができる。その上、回遊コースを設定できるのも人気の1つであろう。  北沢峠から藪沢を上がり、馬ノ背から頂上へ。帰りは小仙丈ヶ岳を回って北沢峠に降りてくる(登り4時間で山頂、下り3時間弱で北沢峠)。あるいは、頂上から馬鹿尾根をたどり、野呂川の両俣小屋を経て北沢橋に降り、バスで元に戻ることもできる。  また、甲斐駒ヶ岳とセットで8の字形に歩くことも可能である。さらに、周辺部に山小屋が多くあることも登山を容易にしているので、近年、登山者が多くなっている。  山頂からの眺望はよく、南の方は遠く塩見岳、東は大菩薩連嶺から富士山、近くに白峰三山、北には早川尾根、八ヶ岳、奥秩父の峰々、間近に堂々たる甲斐駒ヶ岳、鋸岳を見る。はるかかなたに峰を連ねるのは、北アルプスの山並みである。伊那谷を隔てて西には中央アルプスが、横一線に並んでいる。  登山者として早期に登ったのは、明治42年(1909)、日本山岳会創立発起人のひとり、河田黙であった。頂上に前岳三柱大神、明岳大神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさづちのみこと)と3基の石碑のあったことを記録している。そのほか東芝山岳部が同僚の遭難者の供養のために建てた方位盤などがあったというが、それらのいずれも今はその面影すら残っていない。  積雪期に挑んだのは、京都三高山岳部の一行であった。大正14年3月19日、山梨県設北沢小屋から一気に小仙丈ヶ岳を経て頂上に立った。  そのときのガイド、竹沢長衛は、昭和5年に北沢に長衛小屋を建てた。そのかたわらにある彼のレリーフが、今でも登山者を見守っている。

山梨県 / 赤石山脈北部

甲斐駒ヶ岳 標高 2,966m

 全国に駒ヶ岳を名のる山は20座を超えているという。その中で最も高いのが甲斐駒ヶ岳である。作家の宇野浩二は、『山恋ひ』の中で、「山の団十郎」と絶賛した。ふもとから仰いだその山姿は、正にその名に価する高貴な山容をもって迫ってくる。  太古、武御雷命(たけみかずちのみこと)が生んだ天津速駒(あまつはやこま)という白馬がいた。羽があって空中を飛んでおり、夜になると、甲斐駒ヶ岳の頂上で眠ったとのこと。これが命名の由来といわれている。  また、天平3年(731)には、甲斐国から朝廷に、身が黒色、尾が白い馬が献じられた。その馬に乗って聖徳太子が甲斐駒ヶ岳を往復したとか。ふもとを巡る川は、それにちなんで尾白(おじら)川と呼ぶ、などの伝説も残っている。  それはともかく、かつては駒ヶ岳講の名において、白装束の講中登山の山であった。開山したのは、信州・諏訪の小尾権三郎(弘幡行者)で、文化13年(1816)6月15日、20歳のときであった。しかし、文化11年編『甲斐国志』には、すでに「山頂巌窟ノ中ニ駒形権現ヲ安置セル所アリ」と記しているので、その真偽のほどは分からない。  登拝路のメインルートであった黒戸尾根上に残る、おびただしい信仰のモニュメントの数々を目にすると、そんな歴史上の小さな矛盾は消し飛んでいくような気がする。  かつては、白崩山の異称さえあった、真っ白な花崗岩とハイマツの緑に覆われた山頂からの眺めは、さすがに一等三角点の本点だけのことはある。この三角点のやぐら(覘標(てんびよう))は明治24年7月10日に建てられ、同年7月14日に標石を埋めた。同年9月12日から25日まで観測が行われている。南アルプス三大急登の1つに数えられる黒戸尾根を、重さ90kgもある標石を担ぎ上げた先人の苦労には頭が下がる。  甲斐駒ヶ岳は、伊那の人たちは東駒ヶ岳と呼んでいる。目と鼻の先に見える山に、他国の名を冠するほど人間はお人好しではない。  さて、甲斐駒ヶ岳を巡ってたくさんの花崗岩の岩壁がある。この一帯に集中的に挑みルートを開拓していったのは、主として東京白稜会のメンバーであった。1949年から1970年にかけてのパイオニア・ワークは、一頭地抜きん出ている。この会の代表であった、恩田善雄氏の「甲斐駒ヶ岳―わたしの覚書き」は、甲斐駒周辺の地誌、登攀記録、山名の由来、伝説などを網羅したものである(未刊行)。  登山コースは尾白川渓谷から黒戸尾根経由で山頂まで9時間。南西の北沢峠からは双児山、駒津峰を越えて約4時間の登りで山頂へ。

山梨県 / 赤石山脈北部

栗沢山 標高 2,714m

南アルプス北部にある、早川尾根の最北端に位置する山。山頂からの展望はよく、甲斐駒ヶ岳の絶好の展望台となっている。

プロフィール

宮本宏明(みやもと・ひろあき)

中学1年の夏に白馬岳に登ったことがきかっけで、山に目覚める。大学時代は山岳部に所属し、四季の山を登りまくる。独学で山岳写真を始め、雑誌やカレンダー、ガイドブック等に作品が採用される。南アルプス、丹沢をホームグラウンドに撮影を続け、近年はほかの山域にも幅広く足を運んでいる。現在、全日本山岳写真協会理事長。

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