吾妻連峰・一切経山。錦繍の紅葉に彩られたシモフリ新道を歩く

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南東北の紅葉の名所として知られる吾妻連峰。浄土平の混雑を避けて、最近再整備されたシモフリ新道から秋色に染まった一切経山をめざした。

写真・文=曽根田 卓

一切経山に再整備された新ルート「シモフリ新道」

福島県と山形県の県境に東西25kmにわたって2000m級の峰が連なる吾妻連峰。その東側に位置する一切経山(いっさいきょうざん、1949m)は、荒々しい火山地形と吾妻の瞳(魔女の瞳)と称されるコバルトブルーの火口湖・五色沼が魅力の山で、磐梯吾妻スカイラインの中間点・浄土平を起点に多くの登山者が訪れている。

近年この一切経山にシモフリ新道というコースが再整備された。高湯コースの賽河原からラクダ(駱駝)山を経て一切経山に至るこのコースは、地形図に記載されているものの、ヤブに埋もれて長らく廃道同然だった。それを地元の有志の方々が時間をかけて整備し直したという。私も夏場に一度このコースを歩いているが、「秋の紅葉の頃が最高だよ」と山仲間が熱弁していたため、秋の晴れ間を狙って再訪してみようと考えていた。

福島市西部から一切経山を望む
福島市西部から一切経山を望む

不動沢の徒渉と紅葉絶景

快晴の空の下、福島市西部の松川にかかる橋のたもとに車を停めて、吾妻連峰東部の山々を見上げる。一切経山と北の家形山の山容が四阿(あずまや)造りの屋根のように見えていて、「あずま山」の山名の由来がよく理解できる。

朝7時前、磐梯吾妻スカイラインの不動沢登山口に着いた。駐車場のわずかに残る空きスペースを見つけて車を停める。紅葉時期は浄土平が大渋滞するため、不動沢から入山する登山者が多いようだ。登山届ボックスに入山届を出して歩き始めるとすぐに小沢を渡る。高湯温泉から登ってくる道が合流してから急な尾根に取りつく。吾妻連峰はコメツガやオオシラビソなどの亜高山帯針葉樹林の下部は、ブナ林ではなくダケカンバ林が主体となる。ダケカンバの白い木肌、そして黄葉と秋の澄んだ青空のコントラストが美しい。歩き始めて45分ほどでシモフリ新道が分岐する賽の河原に着く。昔はここからラクダ山の岩峰が見えたらしいが現在は木々が繁茂して見えない。

不動沢コースを登る
不動沢コースを登る

シモフリ新道は賽の河原からラクダ山とシモフリ(霜降)山との鞍部まで山腹をトラバースし、狐地獄のガレ場を下って浄土平へ抜ける霜降コースと、通称ラクダ尾根を経て一切経山に登るコースを再整備した際に、新たに命名された名前のようだ。ただし狐地獄のガレ場は現在通行禁止になっている。

ヒメコマツの生えた斜面を緩く登っていくと、ハイマツが生えた日本庭園を思わせる火山砂礫地に出る。その周囲に群生している白いシラタマノキの実が愛らしい。やがて不動沢へ向かって急坂を標高差70mも下る。「こんなに下ってもったいないなあ」と思いながら不動沢の右股と左股を連続して徒渉し、そこから1523m標高点がある尾根まで、ヒメコマツが林立する急坂を標高差100mも一気に登り返す。尾根に出ると展望のよい火山砂礫地が広がり、一切経山とラクダ山が新鮮なアングルで姿を現わす。流れる雲をまとって気高くそびえる山容に圧倒される。山の中腹はダケカンバの黄葉、上部は灌木が赤く色づき、秋色に染まる絶景に同行した山仲間の女性二人も「すごい、来てよかった」と大喜びだ。火砕丘と思われる砂礫の丘の中天狗山に着くと、雲が流れてきて視界が失われた。湿った空気が上昇気流に乗り雲を創り出しているようだ。

不動沢を渡る
不動沢を渡る
1523m独標肩から望む一切経山
1523m独標肩から望む一切経山

静寂の登山道から喧噪の山頂へ

中天狗山から少し下ると三叉路に出る。直進する道はシモフリ山とラクダ山の鞍部からカモシカ沢へ下る道で、右折してガレ場の急斜面を登る。再び視界が広がり越えてきた中天狗山が眼下に見える。そして岩峰のラクダ山が目前に迫ってくる。南側には湧き上がる雲の狭間に吾妻小富士と磐梯吾妻スカイラインの渋滞した車列が望めた。静寂の登山道から眺める酷い渋滞の様子は別世界の光景に思えてくるから不思議だ。

越えてきた中天狗のピーク(右)
越えてきた中天狗のピーク(右)

ラクダ山からの展望は三六〇度。正面に一切経山が巨大な壁のように立ちふさがっている。ラクダ尾根を挟んで右の不動沢側はササと鮮やかに紅葉した灌木に覆われているが、左側の斜面は大穴火口とその周辺の噴気孔から発生する火山性ガスの影響で、植生が育たない荒涼とした光景が広がっている。

ラクダ山の西に連なる脆い岩稜は南側がすっぱりと切れ落ちているが、北側(不動沢側)の緩斜面を通過するので見た目より怖くない。鞍部まで下って岩稜を振り返ると、吾妻連峰とは思えないアルペン的な景観に驚いた。そして前方に真っ赤なナナカマドの紅葉が印象的な極彩色の灌木帯が広がっている。吾妻連峰の紅葉は黄色がメインと思い込んでいたので、こんな色鮮やかな赤い紅葉が見られるとは思いもよらず、少し得した感じがした。7月中旬にヤエハクサンシャクナゲ(ネモトシャクナゲ)が咲く沢の源頭部の窪状を急登し、ガレ場を越えて再び灌木帯を抜けると、黒い火山礫地が広がる山頂台地の一角に出る。浄土平から登ってくる登山者の行列が見えてきたら一切経山山頂は近い。

ガレた岩稜を越える
ガレた岩稜を越える
ナナカマドの紅葉
ナナカマドの紅葉

多くの登山者が行きかう山頂は、田舎から急に都会の雑踏に放り出されたような感じで落ち着かない。全方位の展望が得られる山頂だが、この時は連峰中部の中吾妻山や烏帽子山方面しか見えず、期待したコバルトブルーの五色沼も微妙に雲に隠れている。待っていても晴れそうにないので、混雑した山頂を離れ五色沼へ下った。五色沼西岸まで降りると、沼の周囲が美しい紅葉に縁どられ、湖面の青さがより引き立って見えていた。

浄土平から登ってきた登山者グループ
浄土平から登ってきた登山者グループ
一切経山の山頂
一切経山の山頂
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この記事に登場する山

福島県 / 奥羽山脈南部(吾妻山とその周辺)

一切経山 標高 1,949m

 福島市と耶麻郡猪苗代町の境に位置し、吾妻連峰の東端にそびえる。現在でも、わずかに噴煙を上げている火山である。溶岩丘の山頂には一等三角点が置かれている。  一切経山へ登る途中には、三浦・西田両氏の遭難石碑が見られる。これは明治26年の火山爆発の際に、火山活動の調査をしていた技師である両氏が、噴石に打たれて遭難したもの。その後の活動は、昭和25~27年の小噴火を最後に、現在まで小康状態を保っている。  有料道路吾妻スカイラインの開通により、容易に登れる山になった。この山の魅力は、360度の展望である。眼下には「吾妻の瞳」と呼ばれる五色沼がある。途中には、鎌沼や酸ガ平の湿原が広がって、多くの高山植物が楽しめる。山麓には多くの温泉が点在して、これも楽しみの1つである。  山名の由来は、安倍貞任が仏門に入って、一切経の経本千巻を埋めた言い伝えによる。安倍貞任ではなく空海が埋めたとの説もある。  最短コースは吾妻スカイライン浄土平より所要1時間15分。高湯温泉からは4時間を要する。縦走路である山形県境尾根をたどれば、天元台より8時間を要する。

プロフィール

曽根田 卓(そねだ・たかし)

1958年生まれ。山岳写真クラブ仙台所属。宮城県の山500座を踏破。東北の山に精通し、雑誌『山と溪谷』などでコースガイドを執筆。みちのくの山歩きの魅力を紹介している。

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