【書評】極北の大地を犬橇で駆ける!シリーズ第2弾『裸の大地 第二部 犬橇事始』

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評者=竹沢うるま

「デイマ!(行け!)」

掛け声がかかると、それまで氷の上で寝そべっていた犬たちがぱっと立ち上がり、勢いよく走り出す。たるんでいた引き綱がピンと張り、数百キロの荷物を載せた橇がガタゴトと氷の上を動き始める。犬たちは全身の筋肉を躍動させ、ぐいぐいと前へ進む。気温マイナス30度。犬たちが吐き出す息が北極の大地に白く漂う。

今年の3月、私は本書の著者である探検家、角幡唯介と犬橇で北極を旅していた。角幡が掛け声をかけながらムチをふるい、私は後ろに座り、その様子を眺めていた。行動時間は短い日で7時間ほど。獲物が見つからなかったり、乱氷帯を越えたりするときなどは、12時間以上橇に乗り続けることもあった。そんなとき、橇犬たちは大変だなと私は感じたのだが、角幡から返ってきた答えは違っていた。走ることが犬の本望であり、幸せなのではないだろうかと。

本著は角幡唯介が「いい土地」を求めて北極をより広範囲に旅することを目標に、エスキモー犬で編成された犬橇チーム構築のために試行錯誤を繰り返す物語である。第一章は「泥沼のような日々」と題されているとおり、言うことをきかない犬たちとのドタバタが語られている。文字を追うにつれてその関係性が円滑になっていくのかと思いきや、犬たちは権力闘争に明け暮れ、餌の奪い合いで乱闘を繰り広げ、御者である著者の言うことを全くきかない。橇犬たちをかわいいと思ったことは一度もないと断言するように、私たちが普段ペットとして接する犬たちとは、性格も違えば、役割も大きく違う。極地を旅する上で、橇犬たちの行動は人間の生死を左右する。犬たちが言うことをきかなければ、クレバスに落ちることになり、誰もいない氷の大地に置き去りにされることもある。その場合、待っているのは死である。それを避けるために、犬橇を操る者は犬のことを理解し、関係性を深めていかなければならない。生きるか死ぬかの状況下で、かわいいという感情は不必要なのだ。

本書で描かれるのは、死を前提にしたときの人間と犬の究極のつながりの在り方であり、その先に浮かび上がる特異な感情である。著者は徹底した自己分析を繰り返し、行動に裏打ちされたソリッドな言葉で犬たちとの関係性を語る。

走ることが犬の本望であり、幸せなのではないかという言葉は、真正面から犬と向かい合ってきたからこそ感じることのできる感覚であろう。そして、犬たちの本望を叶えてあげること。それがこれからの探検の成否を左右する。本書は『裸の大地』シリーズの第二部にあたり、これから犬橇による「いい土地」探しの大きな旅につながっていく。今後の角幡唯介の探検を追っていく上で、重要な位置づけとなる一冊である。

裸の大地 第二部 犬橇事始

裸の大地 第二部 犬橇事始

角幡唯介
発行 集英社
価格 2530円(税込)
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評者

竹沢うるま(たけざわ・うるま)

1977年生まれ。写真家。本書では表紙写真を担当した。近著は、アイスランドの風景と人々の営みを収めた写真集『BOUNDARY 境界』(青幻舎)。

山と溪谷2023年10月号より転載)

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