いよいよ盆休み、夏山遭難は多発中。 リスク情報をしっかりと把握しよう

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新型コロナウイルスの5類移行と梅雨明け前から続いた好天により、多くの登山者が山に戻ってきた2023年の夏山シーズン。しかし、登山者の増加と同時に遭難が急増している。夏山期序盤の7月の遭難についてまとめてみた。

文=野村 仁

目次

遭難多発。軽微な事故、体力不足も原因に

今年は7月20~25日に梅雨明けしましたが、それ以前から地域によっては夏空が広がり、7月以降は夏山登山に出かける人が多かったとみられます。それとともに山の遭難も急増しました。7月中に報道などで把握できた遭難事例は約170件、実際の発生数はこの2倍以上と推測されます。これまでのところ、夏山遭難の特徴は次の点です。

  1. 北アルプスと富士山での遭難が最も多いものの、それ以外にも広範囲のエリアに分散して遭難が発生しています。
  2. 多発している割に死亡・行方不明事例は少なめで、「軽傷」「無事救出」などの“軽度の遭難”が目立っています。
  3. 疲労や体調不良に分類される遭難が増加傾向で、「転落・滑落」遭難も多いです。全体的に登山者の体力低下が心配されます。

7月中に発生した死亡・行方不明遭難は表のとおりで24件でした。北アルプス5件、富士山3件、八ヶ岳や中央・南アルプスはゼロでした。そして首都圏近郊はじめ全国各地で死亡遭難事故が起こっています。

実際の遭難事例を挙げて、遭難防止策について考えてみましょう。

事例1 北アルプス・遠見尾根 滑落(重傷)

7月22日(土)午前8時ごろ、北アルプス・五竜岳の遠見尾根を下山していた男性(53歳)が登山道から滑落しました。目撃した登山者から「男性が滑落して姿が見えなくなった」と通報があり、常駐隊員と長野県警ヘリが出動して9時33分に男性を救助しました。男性は少なくとも100m程度は滑落して、左手首や肋骨を骨折しましたが、ヘルメットをしていたため頭部は無傷でした。

[解説]
滑落した場所は白岳から遠見尾根を下り始めてすぐ、なんらかの理由で尾根から左側の谷に滑落したものと推測されます。尾根上の登山道を外れずに歩いていれば特に問題はないですが、左側の沢の源頭に向けて急峻な斜面になっていて、転倒してそちら側に落ちると長い距離を滑落してしまう地形です。北アルプスにはこういう地形がひんぱんにあって、ガイド記事などで特別に危険箇所と指摘されることもありません。登山者自身がリスクを予測して避けなくてはならないのです。目的のルートにどんな危険があるか、地形図やガイド記事などを見てしっかり予習してから向かうようにしましょう。また、本事例では男性がヘルメットをしていたことも、死亡事故を防いだ重要なポイントでした。

白岳直下から見下ろす遠見尾根(写真=ブナ太郎さんの登山記録より)

事例2 北アルプス・奥穂高岳 滑落(死亡)

7月23日(日)午前7時半ごろ、北アルプス・奥穂高岳から前穂高岳へ向かう吊尾根の標高約3000m地点で、女性(54歳)が滑落しました。同行者が通報し、約2時間後に長野県消防ヘリが救助して病院へ搬送しましたが死亡が確認されました。女性は吊尾根の鎖場付近から岳沢側へ約250m滑落しました。5人パーティで新穂高温泉から入山し、槍ヶ岳~北穂・奥穂・前穂を経て上高地へ下山する予定でした。

[解説]
今年、前穂高岳では遭難が多発しています。7月16日にも3件の事故が発生して、50代女性2人が死亡しました。本事例の事故発生場所は吊尾根の核心部と言われていますが、実際はそれほど難しさはありません。しかし、岳沢側へ急斜面が落ちていて、誤って転倒するとそちら側へ長い距離を滑落してしまう危険があります。前事例の遠見尾根と同じような状況です。槍・穂高縦走はハードな行程が何日間も続きますから、疲労の影響もあったかもしれません。北アルプスの岩稜ルートではわずかな油断やミスが事故を引き起こしてしまうことを理解していなくてはいけません。また、初級者がいる場合はパーティ全体でカバーする必要があります。

吊尾根上部の岩場(7月17日撮影/写真=やまころさんの登山記録より)

事例3 八海山 病気(死亡)

7月18日(火)に日帰り予定で八海山に出かけた男性(62歳)が夜になっても帰って来ないため、19日午前2時ごろ、心配した家族が最寄りの警察署に届け出ました。同日早朝から警察・消防と新潟県警ヘリが出動して捜索し、午前9時半ごろ、新開道二~三合目の登山道付近で倒れている男性を発見し、死亡を確認しました。男性に致命的な外傷はなく、熱中症または病死とみられています。

[解説]
今年の夏山遭難の特徴として、疲労や発病による遭難が非常に多い点が挙げられます。「疲れて下山できない」「足がけいれんして歩けない」といった疲労遭難は、軽い理由のようにも思われますが、重大事故に至る前に早めの救助要請をするのは賢明な決断といえる面もあります。それとは逆に、体調不良でも自分で何とかしようとがんばりすぎた結果、事態を悪化させてしまうこともあるので山は怖いです。

本事例の男性に何が起こったかは不明で、死因も公表されていません。どこかの時点で体調不良になり、症状が悪化して自分では対応できなくなって倒れたのでしょう。駐車スペースのある芝原が二合目ですから、発見された二~三合目はもう少しで下山という場所でした。単独登山であることも不利な条件でした。

事例4 鈴鹿・御在所岳 道迷い?(死亡)

7月17日(月・祝)午前6時50分ごろ、鈴鹿山系・御在所岳に登山に出かけた男性(49歳)が帰宅しないと、家族が三重県警四日市西署に通報しました。男性は16日朝に自宅を出発し、昼ごろ、日帰り予定で入山したとみられます。17日からの捜索では発見できず、21日11時20分ごろ、山上公園から南東約550mの山中で男性が倒れているのを登山者が発見しました。四日市西署が現場で死亡を確認しました。死因などは発表されていません。

[解説]
男性は上級コースである本谷付近の「登山道から離れた場所」で死亡していたと報道されています。下山中に道に迷って現在地が不明になり、抜け出せなくなったのではないかと推定されます。大黒岩の近くに遭難者のトレラン仕様のザックが放置されていたことが、7月20日(遭難者発見の前日)のヤマレコに記載されています。遭難男性は午後4時前に御在所岳山頂に到着して、それから午後5時過ぎまで友人とLINEのやりとりがありましたが、それ以後はLINEの既読がつかなくなったということです。

本事例がそうだったという意味ではないですが、トレイルランニングでも登山である以上、地形図、スマホGPSなどのナビゲーションツール、最少限のビバーク用具、そして充分な量の飲料水と非常食が必要でしょう。そして、できるだけ「早出・早着き」の原則を守ったほうが登山の安全性を高めることができます。

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プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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