スマホのバッテリーも食料も尽きた・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は③【ドキュメント生還2】
幾日も山中で孤独に耐えて命をつなぎ、生還を果たした登山者たち。彼らは遭難中になにを考え、どうやって生き延びたのか。長年にわたって山岳遭難の取材を続けてきたライター・羽根田治さんがサバイバーたち4人の遭難に迫った書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から、北アルプス不帰ノ嶮(かえらずのけん)の遭難事例を紹介する。
文=羽根田 治、カバー写真=不帰ノ嶮(サーフリーダー405さんの登山記録より)
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不帰ノ嶮(かえらずのけん)でルートを外れてしまい、滑落で負傷した岩井一伸(仮名・49歳)は、長期化するビバークのなか、登山道を行き来する登山者に向かってホイッスルを吹いたり大声で叫んだり、LEDライトで進行を送ったりし続けたが、SOSはなかなか届かない。捜索願を受理した警察も賢明の捜索活動を続けるが——。
*
だが、待望の瞬間は、しばらくして訪れた。この日は天気が回復し、スマホのカメラをズームにすると、キレットを行き来する登山者がよく見えた。彼らに声が届くことを願い、朝から約30分〜1時間おきに「助けて」コールを繰り返していた。登山者のひとりがその声に反応し、「お待ちくださーい」というコールを返してきたのだった。
岩井は「ありがとー」と返答し、続いて自分の名前を大声で告げた。その後、1時間もしないうちにオレンジ色のヘリ(富山県消防防災ヘリ「とやま」)がやってきた。入れ代わりでブルーのヘリ(富山県警ヘリ「つるぎ」)も飛んできて、日没までに計4回のフライトを確認した。
しかし、捜索しているのは主に稜線付近のほうで、自分がいる沢のほうにはやってこなかった。
ただ、午後4時過ぎごろから、「おーい、そこは安全ですかー」「名前を教えてー」「水はあるかー」「ツエルトはあるかー」といった呼び掛けが断続的に聞こえてきた。声の主は、ヘリが稜線上に降ろした、富山県警の山岳警備隊員だろうと推測した。
呼び掛けは「絶対見つけるぞー」「がんばれー」「諦めるなー」などと続き、「自分を励ますためにその場に残ってくれたんだ」と、とても心強く思えた。
スマホはずっと圏外だったため電源を切っていたが、ときどきは立ち上げて捜索ヘリや不帰ノ嶮などの写真を撮った。モバイルバッテリーも持っていたので、数回充電してもたせていたが、それでも
17日の夜にとうとうバッテリー切れとなってしまった。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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