「逃げ上手の若君」北条時行の潜伏地、入笠山御所平をめざす「法華道」
山頂近くまでロープウェイが延び、スズランやクリンソウ、それに絶景を手軽に楽しめる山として知られる南アルプス北端の入笠山(にゅうかさやま、1955m)。そんな山頂付近の一画に御所平(ごしょだいら)がある。南北朝時代の後醍醐天皇の皇子、宗良親王(むねよししんのう、むねながしんのう)は筆者の暮らす大鹿村を拠点としたが、ここにも隠れ住んだという。鎌倉幕府の執権職を世襲した北条家の遺児、北条時行(ほうじょうときゆき)がいたとも。歴史と伝承に彩られた入笠山のもう一つの顔を、高遠側から法華道をたどって触れてみた。
写真・文=宗像 充
諏訪社から法華道へ
現在の法華道は赤坂からと芝平からの2本がある。御所平峠、高座岩(こうざいわ)を経て大阿原(おおあわら)湿原へ。仏平峠から富士見側に下るのが法華道とされている。また、入笠山の山頂を経て入笠牧場、再び御所平に至れば山頂付近を周回することができる。
今回たどった芝平ルートの登山口は、県道から山室川の対岸の諏訪社に「法華道」の記念碑がある。この神社は鎌倉時代の1204年に諏訪大社の祭神のタテミナカタを勧請している。芝平は諏訪大社の神領だったのだ。諏訪一族は北条得宗被官(家来)だったため、鎌倉幕府滅亡時に時行を諏訪に引き取り、かくまっている。実際、中先代の乱は信濃武士が担い手になり、この一帯の時行伝承は根拠がないわけではない。
ルートは林道沿いに登って現在、堰堤工事の準備工事として大がかりな造成をしている工事現場の奥にある。国土地理院の地図の破線(歩道)では林道沿いの川のほうからの道もあるため、そっちに向かって初ノ沢の上流まで入り込んだ(間違い)。引き返して民家で道を詳しく聞き、工事現場に入って芝平の小学校が下に見える場所まで進むと、林道の曲がり角の尾根の端に「法華道」の看板が出ている。
工事脇の道は凹字状になっていて落ち葉が詰まっている。木馬道の名残で少し歩きにくい。九十九折れの松の林の中、高度を上げる。一帯は諏訪社の狩り場だという。猟師(なまって「龍師(りゅうし)」)の狩場の「龍立場」(りゅうたちば)や、芝平集落の発祥地とされる門跡屋敷などが関連地名として残っている。5月27日の登山では、尾根の周囲にレンゲツツジが咲き誇っていた。
傾斜が緩くなるとケルン状に石が積み上げられた爺婆の石がある。ここまで45分ほど。一休みしたくなる場所だ。昔の旅人も腰を下ろし道中安全を願ったのだろう。
道は尾根状になり広くなったところに「厩の平」という看板が出てくる。高遠の攻略で馬を休めた武田の一隊が待機したとされ、実際に馬具や槍なども出土したという。
休憩地には脛巾(はばき=すねあて)の地名が、かつては山椒の木が群生していたとされるポイントには「サンショウゴヤ」の地名が残る。かつての避難小屋跡だ。北条時行や武田信玄の時代にも、この道の利用価値は高かっただろう。
尾根の周囲は美しい落葉広葉樹になり、やがてカラマツ林と笹原になる。道は踏み分け道になるものの、木に「法華道」のプレートがあるのでぐんぐん進む。林道幅の道に出て赤坂方面からのルートと合流し、クリンソウの群落が現れる。すぐに御所ヶ池と御所平峠方面との分岐になる。ここまで1時間20分。
手づくりの案内看板があって、御所平方面から高座岩方面に行けそうなので、そっちにルートを取り、御所ヶ池まで出る。ここから踏み分け道をトラバース気味に進むと廃屋が出てきた。沢を渡ると、どこ歩いているかわからなくなる。適当なところで高度を上げ、サイコロ岩を横目に沢を詰めると、高座岩へと続く尾根道に出た。先ほどの分岐で左に進路を取り、御所平峠方面に行くのが正解だ。
この記事に登場する山
プロフィール
宗像 充(むなかた・みつる)
むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。
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