「逃げ上手の若君」北条時行の潜伏地、入笠山御所平をめざす「法華道」

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山頂近くまでロープウェイが延び、スズランやクリンソウ、それに絶景を手軽に楽しめる山として知られる南アルプス北端の入笠山(にゅうかさやま、1955m)。そんな山頂付近の一画に御所平(ごしょだいら)がある。南北朝時代の後醍醐天皇の皇子、宗良親王(むねよししんのう、むねながしんのう)は筆者の暮らす大鹿村を拠点としたが、ここにも隠れ住んだという。鎌倉幕府の執権職を世襲した北条家の遺児、北条時行(ほうじょうときゆき)がいたとも。歴史と伝承に彩られた入笠山のもう一つの顔を、高遠側から法華道をたどって触れてみた。

写真・文=宗像 充

目次

大阿原湿原を経て入笠山へ周回

高座岩は日朝上人が説法をした場所とされる。周囲の山だけでなく中央アルプスの山も見渡せるビューポイントだ。ここから尾根をさらに西に進み、北原さんが開いた新道を下りると林道に合流する。林道を奥に進むと大阿原湿原への登山道の入口に至る。

御所ヶ池
御所ヶ池
高座岩
高座岩

ここから湿原までテイ沢沿いの登山道で、沢沿いのコケの緑が美しい。徒渉ポイントには入笠牧場の三沢厚さんが橋を整備してくれたばかりだった。湿原に至り視界が急に開けると、湿地帯が始まる。左手の道を進み展望台で湿地を見納め、富士見へと続く法華道と分かれ入笠山に向かう。道は明瞭だ。

テイ沢は何度も丸木橋を渡る
テイ沢は何度も丸木橋を渡る
大阿原湿原に出ると視界が開ける
大阿原湿原に出ると視界が開ける

首切り清水からひたすら高度を上げていくと、視界が開け入笠山の山頂に至る。平日にもかかわらず登山者がいっぱいだ。ここから八ヶ岳は眼前で、南アルプスの主峰、それに中央アルプスと大展望だ。

入笠山山頂は平日でも人が多い
入笠山山頂は平日でも人が多い
山頂からは八ヶ岳が正面に
山頂からは八ヶ岳が正面に

下りはマナスル山荘へと登山道を下り、そこからアスファルトの車道を入笠牧場まで。さらに車止めから砂利の林道に入る。法華道の案内表示のところを右へと登山道を入ると、御所平峠に出る。本来はここから高座岩、大阿原湿原をめぐる周回コースになった。

入笠山牧場は映画やドラマのロケ地にもなる
入笠山牧場は映画やドラマのロケ地にもなる
御所平峠
御所平峠

下りはそのまま御所平方面に右に進む。九十九折れの林道幅の道を下っていくと最初に案内表示が出ていた分岐に戻る。入笠牧場からはせいぜい1時間半程度で登山口に戻ってこられる。

北条時行は実際にいたのか?

ところで、実際の御所平の場所は、登山道から離れた入笠牧場の敷地内にあるため入ることはできない。

ぼくは別日に、牧場の管理人の三沢厚さんに案内されて現地に向かった。心地よい牧場の草原の一画で水場も近くにあるという。三沢さんによれば、近辺に見張り台らしき跡が2カ所あったという。また周辺からは矢じりが出土したこともあるという。 宗良親王がいた大鹿村の御所平からも大量の矢じりが出土したという報告がある。三沢さんは「宗良親王は大河原(大鹿村)に行けば安全なんだから、ここに来たのは北条時行」という。

牧場は、今はキャンプ場も運営している。芝平の人の支援があれば夏なら快適に過ごせただろう。それに富士見や諏訪、秋葉街道沿いは長谷や高遠へと通じる道は、郎党を従えた一行の隠れ家が露見しても、散って逃げるにはうってつけだ。

宗良親王は拠点だった静岡県の井伊谷で1339年に北朝に攻められて退去し、北陸方面に移動した後、1343年頃に大河原に入ったと考えられている。宿命を負ったリーダーたちの生き残りは、劣勢の南朝勢力の求心力の確保には最低限必要だ。とすると複数の拠点の確保はその手段ともなる。この一帯に潜伏地の伝承が多いのは当然だ。

その9年後の1352年後、南朝は京・鎌倉の同時奪還をめざす。宗良と時行の2人は武蔵野合戦と呼ばれる決戦を北朝に挑む。このとき時行は鎌倉に入り、翌年捕まえられて処刑されている。

宗良親王の伝説が残る弘明寺
宗良親王の伝説が残る弘明寺
法華道沿道には古刹が多い。山室の遠照寺は牡丹が咲き誇っていた
法華道沿道には古刹が多い。山室の遠照寺は牡丹が咲き誇っていた

MAP&DATA

ヤマタイムで周辺の地図を見る

コース

芝平工事現場入口〜爺婆の石〜赤坂ルートとの分岐〜高座岩への尾根に出る〜大阿原湿原〜入笠山山頂〜入笠牧場〜爺婆の石〜登山口(参考コースタイム:6時間30分)

*御所ヶ池から今回たどったルート(迷った部分)は割愛しています。

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この記事に登場する山

長野県 / 赤石山脈北部

入笠山 標高 1,955m

富士見高原は、戦前から軽井沢に次ぐ避暑地として、大学の先生など文化人が集まった所。木ノ間、横吹、松目、原ノ茶屋など、美しい名前の集落が入笠山山麓に散在している。 スキー場のゴンドラを利用したハイキングコースがメジャーとなり、夏山ではゴンドラ山頂駅から約1時間で山頂に到達できる。 また、夏だけでなく、冬にはスノーシュー入門コースとしても注目されている。

プロフィール

宗像 充(むなかた・みつる)

むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。

Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

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