噴火直後の御嶽山山頂付近。生き残るために彼女は走った
火山灰の斜面を駆け下りる
私がここにいたのは、2分もなかったと思う。登山者四人の現状を確認しただけだった。
このときも剣ヶ峰にかかった黒い雲が、風で一ノ池を覆ったりしていた。登山者に会って安心したが、私は、噴火が終わったとは思えなかった。
このとき、私の「するべきこと」は「自分の命を守ること」、つまり生きて帰ることだった。
ケガをした女性が気になったが、「助けたい」という気持ちだけでどうにかできる状況ではない。非常事態のなか自分の力量も承知していた。そして何よりケガをした女性は大きな岩陰にいた。このとき、小屋のないこの場所では、大きな岩陰は一番安全だった。
「今は女性を動かすべきではない」と判断した。何より自分が隠れる場所がここにはなかった。
私は稜線から全身が隠れる岩場を探し、一ノ池方面に下っていった。振り返ったが、「小屋に行きたい」と言っていた男性はついては来なかった。私は急な斜面を足をケガしないように慎重に、かつ大胆にかかとを使いかなりのスピードで駆け下りた。膝上まで積もった灰は、新雪のなかを走るように私にスピードをくれた。
その結果、調子に乗り過ぎた。隠れるのにいい岩を見つけることができず、稜線と一ノ池の中腹、岩場の最終ラインまで下ってしまっていた。
セメントのようなべたべたした雨が降ってきた。心もとない岩陰で少しでも体を隠せるように灰を掘って隠れ、雨具の上だけを手早く着た。セメントのような雨はすぐに止んだ。
稜線まで登り返すのは嫌だった。疲れるからだ。
一ノ池がカラカラに乾いていたのは、噴火前に見ていた。一ノ池を突っ切れば、最短で噴火口から離れられる。しかし、再び噴火すれば隠れる所が何もない。死ぬかもしれない。その距離、二ノ池のガレまで400m弱。視界良好。気合十分。体力、技術あり。
稜線を見上げ、一ノ池を見て、もう一度稜線を見上げ、次の瞬間、二ノ池のガレ目がけて飛び出した。
「マジか?」その行動に自分自身が驚いた。
「行ける」というより、飛び出した以上行くしかない。全力で走った。この行動に賭けた。
「直感」そんなカッコいいものではない。噴火のど真ん中にいながら、噴石の怖さを目の当たりにしたくせに、この期に及んで「自分は大丈夫」、どうせそう思ったのだろう。
突然、私のポンコツ魂に火がついた。「何とかなるだろう」これはどうにもならない私の性格だと思う。
もちろん単独だったからできた、斬新かつ大胆な決断である。
この記事に登場する山
プロフィール
小川さゆり(おがわ・さゆり)
南信州山岳ガイド協会所属の信州登山案内人、日本山岳ガイド協会認定ガイド。中央アルプス、南アルプスが映えるまち、長野県駒ヶ根市生まれ。スノーボードのトレーニングのため山に登り始める。景色もよく、達成感もあり、すぐに山を好きになる。バックカントリースキーに憧れはじめた25 歳のとき、友人が雪崩で命を落とす。山は楽しいだけではない、命と向き合うリスクを痛感する。「山で悲しい思いをしてほしくない」、そんな思いをもって、中央アルプスをメインにガイドしている。山以外では無類の猫好き。
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