トレッキングポールの持ち主はどこへ? なんでもない普通の登山道で事故は起こった
先月(9月)21日、南アルプス茶臼岳から下山していた男性が、急傾斜の登山道から滑落した。単独登山だったため一時行方不明になったが、2日後に谷底で倒れているのが見つかり、救助後に死亡が確認された。今年の夏は多くの遭難事故が発生したが、ほとんどが一般的な登山コース上で起こっている。滑落リスクなどは低いと思われる場所で、なぜ事故が起こるのだろうか。
文・写真=野村 仁
茶臼岳登山道に残されたトレッキングポール
遭難男性はSさん、福島市在住の75歳。当初の計画は9月18~20日で聖岳(ひじりだけ)の往復登頂だったと推定される。18日に畑薙(はたなぎ)臨時駐車場に駐車し、その日は椹島(さわらじま)ロッヂに泊まった。19日、聖沢登山口から聖岳に登頂して聖平小屋泊。ところが、同日、東俣林道が崩壊して、車、歩行者ともに通行止めとなった。特種東海フォレストの送迎バスが利用できなくなり、茶臼岳(ちゃうすだけ)経由で下らなくてはならなくなった。
Sさんは20日の昼過ぎに茶臼小屋に来たという。報道によると「茶臼岳の小屋に泊まって、明日下山する」と家族にメールで連絡があったが、それ以後、家族から見ると音信不通となった。
茶臼小屋の名倉健兒さんによると、Sさんのほか2人が聖から茶臼小屋に到着したが、みな元気だったという。Sさんは寡黙でほとんどしゃべらず、受付後は小屋でくつろいでいるようだった。
21日は朝から濃い霧が出ていたものの、登山道を歩くには特に問題はなかった。ツアー客9人が朝5時ごろ出発し、Sさんはその後出発したと思われる。茶臼小屋は食事提供はなく、全員素泊まりである。管理人と顔を合わせないまま宿泊客が出発してしまうこともある。
同日の朝、静岡市山岳連盟の4人が畑薙湖から茶臼小屋へ向かっていた。登山道のパトロールも兼ねて、茶臼小屋の小屋閉めの手伝いをするためだった(名倉さんは同山岳連盟の副会長である)。ウソッコ沢小屋を過ぎて上河内沢を渡り、斜面に取り付いて100mほど登った所で、登山道から1.5~2m横にトレッキングポールが2本、上下にハの字になって落ちていた。レキのフリックロック式で、伸ばした状態だった。時刻は9時30分前後。当事者の増田浩二さん(同連盟会長)によると、
「なんでこんな所にストックが? しかもきれいにそろって。もしかしたら滑落?と感じましたので、斜面をのぞき込んで上から下まで観察しましたが、特に斜面が荒れている様子はありませんでした。だれか気付かず落としてしまったのかなと思い、そのまま拾得して小屋に持っていくことにしました」(増田さん)
4人が茶臼小屋に宿泊した翌22日、観光協会から遭難発生の連絡が入った。家族からの通報で、Sさんが山から戻らず、連絡もとれないということだった。畑薙臨時駐車場に本人の車が見つかったことから遭難の可能性が高まった。その日は悪天候のため、翌日(23日)、県警山岳救助隊と静岡市消防局の山岳救助隊が出動して捜索にあたると、さらに連絡が入った。
23日、小屋閉めの手伝いを終えた4人は、遭難の有力な手掛かりとなるトレッキングポールを持参のうえ、8時ごろ小屋を出発した。下山途中でヘリの音がしたので遭難者が発見されたかと思ったそうだが、そのとおりで、9時40分ごろ登山道から約100m下の沢に心肺停止状態で倒れたSさんが発見された。報道によれば、発見地点は「ウソッコ沢小屋から北200m付近の沢」とされている。4人はポール拾得場所で救助隊と合流し、拾得時の状況などを説明した。
「今回はストックの拾得がなければかなりの広範囲で捜索をしなければならない状況でしたが、拾得したことと、小屋スタッフとの連携があったことで、範囲が絞られたことが早期発見に至ったと感じました」(増田さん)
この記事に登場する山
プロフィール
野村仁(のむら・ひとし)
山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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