【体験ルポ】世紀を超えて神戸市民が育んできた文化。六甲山系の毎朝登山
究極のアンチエイジング。3歳も94歳も毎朝登る
ラジオ体操後、社務所の裏手にある登山会の小屋で神戸ヒヨコ登山会のみなさんに話を聞かせてもらった。副会長で、毎日保久良山に登る人の記録を引き受けている木村絹代さんが出してくれたカフェオレをすすり、勧められるがままにゆで卵やバターロールをいただく。なんだか実家に来たみたいだ。「いつもここで朝食をとるんですか?」と聞くと、「いえいえ、いつもは帰宅してから。ときにはお友達とモーニングに行ったりね」と木村さん。登山の後の朝食はおいしい。神戸はすてきな喫茶店が多いらしいし、下山後のモーニングは最高だろうな。
いつもは布引山に登っているという名誉会長の吉野さんも、きょうは取材に合わせて保久良山に来てくれていた。自身も毎朝登山1万8000回を超えているという猛者だ。81歳になるというが、どう見ても10歳は若く見える。「毎朝登山は各地でやっていますが、キツさはコースごとに違います。ここ保久良山は比較的登りやすいので、人数も多いほうですね。最年少は3歳、最高齢は94歳の方がいますよ。平日は仕事をしていて登れない人もいるので、週末はきょうよりずっと多いですね」と話し始めた。
吉野さんによれば、六甲山の毎朝登山が市民に広まったのは大正時代で、大正10年前後には150ほどの山岳会が神戸にあったという。正月には各会が旗を立てて集まってくる集会が再度山で開かれ、5000人もの登山者が集まっていたというから驚きだ。そんな数の登山者、見たことがない。六甲山は地理的にも心理的にも神戸市民にとっては身近で、気軽に山の会に入れる雰囲気だったことが想像できる。神戸は空襲で焼け野原となったが、戦後の復興期に市民を元気づけようと神戸市が働きかけ、毎朝登山が復活したのだという。
吉野さんに話を聞いていると、「おはよう」と男性が小屋に入ってきた。40年ほど毎朝登山を続けているという山川澈(てつ)さんだ。「もともと再度山の麓で育ったから、山は遊び場でしたね。大阪の会社で働いているときには職場の山岳会に入って登山をしていましたが、その後神戸に戻って、毎朝登山を始めたのは50歳になったころ。きょうで1万1485回です」と笑顔で話す。え? 50歳で登山を始めて40年? まさか90歳?
吉野さんも木村さんも、そして山川さんも実年齢より桁違いに若く見える。実際、肉体年齢は若いに違いない。話している口調も若々しいし、表情も豊かで、こちらにもエネルギーが伝わってくる。吉野さんは兵庫県山岳連盟の副理事長も務めていて、今年兵庫県で予定されている全日本登山大会の準備をしているのだという。「毎朝登山の後は早朝から開いている温泉に行くのが日課です。山でも温泉でもそれぞれそこの常連さんと顔を合わせるんですけどね。きょうは午後から兵庫県岳連の会議に行かなきゃ」と元気そのものだ。「ヒヨコ登山会では六甲以外の会山行もありますが、毎朝登山をしている人は、北アルプスのような標高の高い山に行っても強いですよ。海外のトレッキングだって問題なく歩ける。この木村さんもヒマラヤに行きましたよ」と胸を張る。
木村さんは「毎朝登山はやっぱり健康のため。でもそれだけじゃなくて、こうして山に来るとみんなとおしゃべりするでしょう。それが楽しいの。今はサクラがきれいだけど、保久良山にはみごとな梅林もあって、季節の楽しみもたくさんありますね」と毎朝登山を継続する理由を話す。登山者をこうして迎え入れ、記録をつけるために雨の日も風の日も登ってくるのだという。「体調不良で休んだことは一度もなくて、休むのは遠方の山に登りに行くときや帰省するときくらいです。あとは毎日、年に360日くらいは登っています」とさらっと言ってのけた。
神戸で今なお毎朝登山が盛んな理由は、街のすぐ近くに六甲山というよい山があることは大前提だが、いち早く世界に開かれた港町神戸ならではの歴史と、こうしたボランティアの人たちの力も大きい。街全体が灰燼に帰した1945年の神戸大空襲では7,500人が犠牲になり、95年の阪神淡路大震災では神戸市内で4,500人以上が亡くなった。しかし、そのたびに立ち上がり、街を復興してきた市民のバイタリティには目を見張るものがある。この日、毎朝登山を楽しむ人たちに出会って、神戸の人たちのしなやかな強さに触れた気がした。
(取材日=2025年4月4日)
プロフィール
西村 健(にしむら・たけし)
山と溪谷オンライン編集長。新聞記者や海外ボランティアを経て、『山と溪谷』や『ワンダーフォーゲル』などの雑誌編集に携わる。現在はウェブメディアと書籍の編集をしながら、ホームマウンテンの奥武蔵を拠点に活動。山歩き、トレイルランを中心に雪山、カヤック、釣り、野菜作りと節操なく遊ぶ日々。
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