歴史香る魚屋道から名湯有馬温泉へ。六甲山の人気の理由をさぐる

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関東からわざわざ登りに行く人はさほど多くない六甲山(ろっこうさん)だが、神戸市民はもちろん、近畿エリアの登山者には人気の山だ。最古の道のひとつ「魚屋道」から六甲山に登り、日本三古湯に数えられる有馬温泉へ。王道ルートを歩いて、六甲山の人気の理由をさぐった。

文・写真=西村 健(山と溪谷オンライン) トップ写真=保久良山から金鳥山へとサクラの道を行く

六甲山はなぜ人気なのか

自分の生活圏を遠く離れて、遠方の低山に登る機会はさほど多くない。百名山級の人気の山ならともかく、交通費をかけて遠出して1000mに満たない低山にわざわざ登りに行く人がいれば、よほどの物好きと言えるだろう。そもそも低山は、自分の暮らす土地からさほど遠くないところで気軽に登れる山だからこそよいのであり、わざわざ遠くへ出かけていくというのは少数派に違いない。その一方で、人の暮らしに近い低山(里山)には地域性がよく表れるので、旅行気分で歩くと、さまざまな発見があっておもしろい。

関東、特に首都圏に住んでいる人にとって、六甲山は遠い。神戸の街のすぐそばにあり、観光地としてのイメージもあるが、日本における近代登山の発祥の地でもある。春に六甲山の毎朝登山を取材する機会があったので、その足で六甲最高峰へと登ることにした。

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阪急電鉄の岡本(おかもと)駅から保久良山(ほくらさん)に登り、毎朝登山を終えたのは9時ごろ。ここは六甲山の尾根の末端にあるピークで、そのまま登っていくと六甲最高峰を経由して有馬(ありま)温泉へと抜ける「魚屋道」(ととやみち)に合流する。ヤマタイムで調べると、山頂までのコースタイムは3時間ほど。そこから有馬温泉へは1時間あまりなので、午後早めの時刻には下山できそうだ。取材が無事に終わって少し気が抜けてしまったが、気分を切り替えて速めのペースで歩き出した。

六甲山 保久良神社からひと登りで視界が開けた
保久良神社からひと登りで視界が開けた
六甲山 スミレ
六甲山には20種類以上のスミレがあるという

保久良神社裏の梅林を抜けて、サクラを眺めながらどんどん登る。地元で整備しているのか、登山道は歩きやすく手入れされていて、ゴミひとつ落ちていない。金鳥山(きんちょうざん)のピークを踏み、水平道分岐を過ぎてどんどん標高を上げていくと、右から魚屋道が合流してきた。このコースは深江浜で獲れた魚を有馬へ運ぶために利用されてきた道で、江戸時代から大正時代までその役割を果たしてきたらしい。物流からレジャーへと歩く人の目的は変わったが、今なお神戸の人たちに歩かれ続ける「生きている道」だ。道はいかに歴史的価値があろうと、歩かなければたちまち草木に覆われて廃道になってしまうが、歩き、こまめな手入れを続けることで「生きた文化財」にすることもできるのだ。

六甲山 ミツバツツジが見頃
ミツバツツジが見頃を迎えていた
六甲山 ツバキ
ツバキの蜜を求めて、あちこちでヒヨドリが鳴き交わしていた

汗をかきながらそんなことを考えつつ登っていくと、大きな露岩に突き当たった。これがどうやら風吹岩(かざふきいわ)らしい。有名な芦屋ロックガーデンの上部にあたり、露出した大きな花崗岩が絶好の展望台になっている。岩の反対側に回り込んで一段上ると、神戸の街と大阪湾を見下ろすことができた。海から吹いてくるそよ風が、汗をかいた体を冷ましてくれる。命名者も、この風のすがすがしさを感じたのだろうか。小学生くらいの男の子たちが父親とハイキングに来ていた。「お父さん、そこ登っていい?」と、一段高い岩場によじ登ろうとしている。子どもは元気だ。こうしてふるさとの山に登った記憶を大切にしてほしい。この子たちも数十年後、自分の子どもを連れて同じようにこの岩場を訪れることがあるのだろうか。

六甲山 風吹岩
風吹岩。風化した花崗岩がそびえる絶好の展望台
六甲山 風吹岩
その名の通り、海から吹き寄せる風が涼しい

風吹岩からさらに登っていくと、樹間の向こうにゴルフ場が見え始めた。地図を見ると芦屋カンツリー倶楽部らしい。登山道の途中にゲートがあり、これを開けると、魚屋道はゴルフ場を横切っているのだった。もちろん道が先にあったわけで、ゴルフ場はこの古道を行き来する登山者のためにゲートを設けたということなのだろう。優雅にゴルフに興じるマダムたちの華やいだ声を遠くに聞きながら、ゲートを抜けて登山を続行する。雨ヶ峠(あまがとうげ)で汗をぬぐい、少しだけ休憩。春にしては気温が高すぎるなあと思いながら登り続けると、住吉谷のせせらぎを飛び石で渡る箇所が出てきた。澄んだ水が涼しげで、気持ちだけはクールダウンできた気分になる。さらに進むと、道の山側に自然石をきれいに積み上げた石垣が出てきた。周辺で集めた石なのだろう、野面積みのえもいわれぬ表情がとても魅力的だ。

六甲山 ゴルフ場
ゴルフ場を横切ったとき、キャディが乗ったカートが走っていった
六甲山 早春の森を行く
早春の森を行く
六甲山 七曲りで沢を渡る
七曲りで沢を渡る
六甲山 アセビ
びっしりと白い花をつけたアセビ
六甲山 法面に積まれた石垣
法面に積まれた石垣があちこちで見られた

大展望の最高峰から有馬温泉へ

一軒茶屋に出て車道を渡り、立派な公衆トイレからひと登りすると六甲最高峰だった。本当は登山道から到達したかったのだが、車道のそばに立つ道標に導かれるがままにコンクリート舗装の坂道を上ると、そのまま舗装路から登頂するはめになってしまった。最後の最後でちょっと残念。しかし、この道は大阪湾側の展望がすばらしかったので、結果オーライということで山頂写真をパチリ。北側の展望もすばらしい。足元には有馬温泉、遠くに見えるのは三田市街だろうか。平日だからか、広い山頂には単独の男性ハイカーが2人いるだけだった。ランチにはぴったりの場所だ。休日はきっと登山者でにぎわうのだろう。

六甲山山頂
広い六甲最高峰の山頂
六甲山山頂
山頂は見晴らしがよい。北側の市街を見下ろす

本来登ってくるつもりだった山頂直下の登山道を下り、さきほどの真新しいトイレに出て、そこから魚屋道の後半に入る。傾斜も少なく、歩行者向けに舗装した遊歩道の趣だが、迂回路の階段を上り、下るうちに山道らしくなってくる。芽吹き前のブナの森、六甲最古というトンネル跡(明治期)、茶店跡。案内板によれば、明治時代にはこの魚屋道は県道として整備され、大阪神戸間を結ぶ鉄道ができると、住吉駅と有馬温泉を結ぶルートとして徒歩や駕籠、馬が盛んに往来したという。

六甲山 魚屋道
魚屋道の下りはじめは遊歩道のようにきれいに舗装してあった
六甲山 魚屋道
かつては県道で馬も通ったという

下りついた有馬温泉は日本三古湯に数えられるだけあって、平日にもかかわらず観光客でにぎわっていた。泉質のよさや歴史、温泉街の雰囲気。神戸の街から30分ほど、大阪からでも1時間ほどと、アクセスもいい。昔も今も人気なのもうなずける。そして、魚屋道は神戸起点のハイキングとしては絶妙な距離で、半日歩いて有馬温泉観光を楽しむのにもちょうどよい。せっかくなら、かつての魚売りのように、深江浜からスタートして有馬温泉まで歩いたらもっとおもしろかったかもしれないな、などと考えながら観光客を書き分けるようにして有馬温泉駅へと向かった。

六有馬温泉「炭酸地獄」の碑
有馬温泉に着いたところに「炭酸地獄」の碑があった。かつて噴出する炭酸ガスで鳥や虫が死んだことから地獄谷という名がつけられ、「鳥地獄」「虫地獄」といった碑が建てられた
有馬温泉
観光客が多い有馬温泉。平日でもこのにぎわい
有馬天神社
境内に源泉が湧く有馬天神社。温泉の効能に加えて霊験まで期待してしまう

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:日帰り
コースタイム: 4時間35分
行程:岡本駅・・・保久良神社・・・水平道入口・・・風吹岩・・・魚屋道・荒地山分岐・・・雨ヶ峠・・・七曲り登り口・・・一軒茶屋・・・六甲最高峰・・・筆屋道分岐・・・炭屋道・魚屋道分岐・・・有馬温泉
総歩行距離:約13,100m
累積標高差:上り 約1,278m 下り 約948m
コース定数:26

この記事に登場する山

兵庫県 / 六甲山地

六甲山 標高 931m

 神戸市の北側に、西は塩屋から東は宝塚まで、全長30kmにわたり連綿と横たわる山系を六甲山地という。最高峰は神戸市東灘区の北側にある。  六甲山は、奈良時代には武庫(むこ)山ともいわれ、江戸期に出た『摂陽群談』によると、神功皇后が武内宿称(たけのうちすくね)に命じて逆臣6人の首を打たせ、その甲首をこの山に埋めたので六甲山というようになったという。また、ムクの木が多かったから、あるいは、武庫ノ津や武庫ノ浦の山ということで武庫山となり、のちに六甲山になったなどともいわれるが、定かではない。ほかにも、難波津から見た場合に「むこう」に見える山という意味から武庫山と付けられたという話も伝わっている。  六甲山には古くから、有馬温泉に通じる有馬道や、魚を運ぶ魚屋道(ととやみち)などがあったが、明治に入って外国人居留地になってから、彼らが背後の山に至る道を次々と開発し、今日の六甲山の全盛をみるに至っている。どことなくモダンで、明るく屈託がない雰囲気は、明るい色の花崗岩のせいもあるが、それ以上に国際都市神戸の山として定着しているからだろう。今日では、市民のレクリエーションの山として早朝登山や全山縦走が楽しまれている。  コースは、芦屋(あしや)川からお多福山を経て登頂し、下山を有馬温泉にとるのが代表的。所要時間は5時間ほど。

プロフィール

西村 健(にしむら・たけし)

山と溪谷オンライン編集長。新聞記者や海外ボランティアを経て、『山と溪谷』や『ワンダーフォーゲル』などの雑誌編集に携わる。現在はウェブメディアと書籍の編集をしながら、ホームマウンテンの奥武蔵を拠点に活動。山歩き、トレイルランを中心に雪山、カヤック、釣り、野菜作りと節操なく遊ぶ日々。

Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

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