「グゥワー!」突進してくる真っ黒い塊。クマに何度も遭遇した山岳写真家・曽根田卓さんが語る、九死に一生の瞬間と教訓

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東北の山々を中心に撮影を続ける山岳写真家・曽根田 卓さん。これまで何度もクマと遭遇して危険な目に遭ってきた。うなり声を上げて立ち上がる巨体、ものすごいスピードで突進してくる恐怖......。そのリアルな瞬間と、曽根田さんが実体験から得た教訓を紹介する。

文・写真=曽根田 卓

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鈴より笛や「熊をぼる」の効果を実感

現在、クマに遭遇しないためには、単独行を避け複数人数で入山する、それに加えてクマ鈴やラジオを携帯し、常に音を鳴らすことが有効とされている。またクマに出会ってしまったときは、クマから目を離さず、ゆっくりと後ずさりし、万一攻撃された場合に備えてクマ撃退用スプレーを携帯することが求められている。しかし私の場合、前述のクマとの遭遇例を教訓として、別の方法でクマから身を守っている。この方法は従来の有効なクマ対策を、より強化する内容と思ってお聞きいただければ幸いだ。

誤解しないでいただきたいが、私はクマを寄せつけない方法として、クマ鈴の効果を否定はしない。しかし最近のクマはクマ鈴の音に慣れてしまったように感じる。2023年7月に八幡平(はちまんたい)の八幡沼南岸の木道を歩いているとき、多くの登山者がクマ鈴を鳴らして歩いているにも関わらず、黒い大型の獣が湿原の境からヤブの中に消えていった。カモシカとは見間違わない自信があるのでクマだと思う。実際、この付近では数日前からクマの目撃情報が数件あったと聞く。

八幡平・八幡沼南岸の湿原。この後右奥にクマが逃げていった
八幡平・八幡沼南岸の湿原。この後右奥にクマが逃げていった

私がクマ鈴を持たない理由は、鈴の音によって自然が奏でる音が聞こえづらくなるからだ。聴覚を研ぎ澄ますと、森が発するさまざまな音に敏感になる。それによってクマの気配を事前に察知できるようになった。

その際、大音量のホイッスルや笛、強い拍手、そしてイヌに似せた鳴き声を自分から発することで、クマが森の奥へ逃げていく光景を年に何度も見ている。またクマが隠れていそうな場所に差しかかったときには、事前にこれらの大きな音を発してクマに人間の存在を認識させるよう心がけている。

Fox 40ソニックブラストCMGホイッスル(左)と従来から使っていた笛
Fox 40ソニックブラストCMGホイッスル(左)と従来から使っていた笛。左のホイッスルは120㏈の大音量が出て圧倒的に音が高く、吹くと自分の耳がキィーンとなるほど音圧がすごい

クマ撃退用のスプレーについて、私はうまく使える自信がない。自分が風上にいることを認識した上で使用するのは至難の業だし、物陰から時速40km以上のスピードで突然襲ってくるクマには到底対応できないと思う。クマ撃退用のスプレーはクマの姿が完全に確認できる空間にいて、噴射まで時間的に余裕があるときのみ有効な手段であろう。とっさに噴射できる訓練をした上で、保険の意味で持参するのはよいと思う。

クマ撃退用スプレーの代わりに、私が最近山で持ち歩いているのが、クマの被害防止用忌避剤「携帯用・熊をぼる」(青森の方言で熊にげる、の意味)だ。ネット通販でも購入可能なこの商品は、カプサイシンと木酢液などを混合して、強力な刺激臭を発生させる。付属のメッシュのポーチに入れてザックの後に取りつけていると、後方を歩いている人もかなり強い刺激臭を感じるという。

筆者は昨年から使い始めたが、その効果がわかったのは2025年7月に神室連峰北端の水晶森から神室ダムへ下っている最中、10mぐらい離れた場所からクマが慌てて逃げていった後姿を見たときだった。クマは犬の7倍の臭覚をもつといわれている、ただしこの商品も自分が風上にいるという前提で効果を発揮するので万能とはいえない。

獣忌避剤「熊をぼる」。この中にメッシュケースに入れられた本体が入っている
獣忌避剤「熊をぼる」。この中にメッシュケースに入れられた本体が入っている
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プロフィール

曽根田 卓

1958年仙台市生まれ。山岳写真集団仙台所属。東北の静かな山をこよなく愛している。共著に『分県登山ガイド3 宮城県の山』、「季節の山歩き」(山と渓谷社)のガイド記事執筆。『山と高原地図 栗駒・焼石』(昭文社)の調査執筆担当。
⇒ (続)東北の山遊び 

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特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

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