2020年4月18日の事例から見る不安定な天気を事前に知る方法―― 上空寒気の解説/第2回

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気象庁が発表する「警報」や「注意報」は当日にならないと発表されない中で、いち早く悪天候の情報を知るには、どうすればよいのか? 今回は2020年4月18日の例を見ながら、気象庁から先立って発表される気象情報の確認方法を指南する。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。 前回のコラム記事から「上空寒気」による不安定な天気についての連載を始めております。

★前回コラム:「上空の寒気による不安定な天気」を高画像度ナウキャストを活用して確認

上空寒気は文字通り地上ではなく、通常は500hPa(高度約5400~5800m)以上の高さに入る冷たい空気ですので、例えば前回の記事で取り上げました2020年4月18日の事例では、下図のように500hPa天気図で上空寒気が明瞭に現れています。しかし、地上天気図では上空寒気の存在を知ることは非常に難しいです。

2020年4月18日15時の500hPa天気図(500hPa高度・気温・風、大矢にてGrADSで解析)


本連載の第2回目のコラム記事「雷は決してゲリラではない! 雷を事前に予測してリスクを最小限にしよう!!」で解説した、天気予報を予報文や天気概況までしっかりと読むことでもある程度は対処できますが、この天気予報の予報文や天気概況は翌日までの状況しか分かりません。

翌々日に不安定な天気になる状況を知らずに、すでに山に入山してしまった場合には対処が遅れる、ないしは対処ができないという最悪の事態になる恐れさえあります。

平地と違って登山では可能な限り早くリスクを知ることが遭難防止の第一歩となります。今回は、もう少し早く上空寒気のリスクを知る方法について解説いたします。

 

警報や注意報に先立って発表される全般気象情報や地方気象情報を活用しよう

大雨警報や暴風警報、雷注意報などの気象庁が発表する警報や注意報については皆様もよくご存じの方と思います。4月18日の事例では、朝の時点で西日本から東日本の広い範囲で雷注意報が出ていました。ところが、この警報や雷注意報は当日にならないと発表されません。特に警報の場合は、現象が発生する3~6時間前に発表されます。

2020年4月18日の雷注意報 (出典:気象庁)


しかし、ここで是非ご活用いただきたい情報があります。顕著な悪天が予想される時に警戒や注意を呼び掛けるために、警報や注意報に気象庁から先立って発表される気象情報である「全般気象情報」、「地方気象情報」、「府県気象情報」です。

おそらくご存じない方が大半と思いますが、平地での顕著な悪天は、山では大荒れ・大悪天なので、それが事前に分かるというのは遭難防止のためには非常に有効な情報と思います。

気象庁ホームページの気象情報を開くと、まず広い範囲で悪天が予想される場合は全般気象情報の一覧が表示されます。4月18日の事例では、4月16日の夕方に発表された第1号から4月18日の夕方の第5号までの5回にわたって「大雨と雷及び突風に関する全般気象情報」が発表されています。

気象庁ホームページに発表されていた「大雨と雷及び突風に関する全般気象情報」


悪天の範囲が狭い場合は全般気象情報が発表されていなくても、地方気象情報や府県気象情報が発表されていることがありますので、登る山域の地方や府県の気象情報まで確認することが必要です。

ちなみに、その前の4月14日までの「暴風と高波及び大雨に関する全般気象情報」は、その1つ前に通過した爆弾低気圧(急速に発達する低気圧)に関する全般気象情報です。古い気象情報はすぐ削除されてしまいますので、コピーしておいた今回の全般気象情報の第1号の発表内容をご参考に引用いたします。

大雨と雷及び突風に関する全般気象情報 第1号 令和2年4月16日16時30分 気象庁予報部発表

18日は上空に強い寒気を伴った低気圧と前線の影響で東日本の太平洋側を中心に大雨となるおそれがあります。低い土地の浸水や土砂災害、河川の増水や氾濫に警戒・注意してください。また、西日本と東日本では落雷や竜巻などの激しい突風、降ひょうのおそれがありますので注意してください。

[気圧配置など]
上空に強い寒気を伴った低気圧と前線が18日から19日にかけて、日本付近を通過するでしょう。低気圧や前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込むため、東日本の太平洋側を中心に大気の状態が非常に不安定となる見込みです。

[防災事項]
東日本の太平洋側を中心に18日は雷を伴って激しい雨や非常に激しい雨が降り大雨となるおそれがあります。
低い土地の浸水や土砂災害、河川の増水や氾濫に警戒・注意してください。
また、18日は西日本と東日本では竜巻などの激しい突風や落雷にも注意が必要です。発達した積乱雲の近づく兆しがある場合には、建物内に移動するなど、安全確保に努めてください。降ひょうのおそれもありますので、農作物や農業施設の管理に注意してください。

 

気象庁の「気象の専門家向け資料集」も登山のための気象情報の宝庫

更に前もって悪天を知る方法があります。それはコラム記事の第1回でご紹介しました週間天気予報の根拠が解説されている週間天気予報解説資料です。

★第1回コラム:天気に関心を持てば実際の山で生きる! まずは週間天気予報から確認しよう

週間天気予報解説資料は、最近になって気象庁ホームページで公開された「気象の専門家向け資料集」の中にあります。週間天気予報解説資料の内容は気象の専門家向けのため一般の方には非常に難解ですが、登山をされる方で、もし気象予報士を目指されるのなら、とても勉強になる内容と思います。そうでなくても、週間天気予報解説資料の防災事項だけは是非ともご覧ください。

4月18日の悪天は、4月14日の週間天気予報解説資料で初めて登場します。防災事項として、『17~18 日頃は低気圧の影響で西日本から東日本では荒れた天気となり、低気圧の発達の程度等によっては大雨となるおそれがある。』として、下記のように注意喚起をしています。公的機関としてはこれが一番早い防災情報となります。

2020年4月14日10時の気象庁予報部からの発表(出典:気象庁)


そして私も決して気象庁に負けていません。4月12日にはTwitterで最初の注意喚起、そして4月14日には更に解析を実施して、気象庁の週間天気予報解説資料にはない不安定な天気と落雷のリスクについて再度Twitterで注意喚起をしております。

 

 

4月12日の「大矢康裕@山岳防災気象予報士のTwitter」より、4月17日後半から18日の悪天の注意喚起

 

 

4月14日の「大矢康裕@山岳防災気象予報士のTwitter」より、4月17日夜から18日の悪天の注意喚起


登山ではいったん入山してしまうと、携帯への電波が届かない山域もありますので、平地よりも早い情報提供が必要です。

そして残念ながら、気象庁が発表しているのは平地向けの気象情報です。全国の大学で初めて気象予報業務認可を受けた所属する岐阜大学の研究室を起点として、私は全国で誰よりも早い山岳防災情報をお伝えできますように不才ながらも技術研鑽に努めてまいりたいと思っております(吉野先生は私の恩師でいらっしゃいます)。

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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