より深く学ぶ『雪崩事故事例集190』

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評者=羽根田 治

雪崩事故事例集190

著:出川あずさ
発行:山と溪谷社
価格:2700円+税

 

雪山に入る以上、常につきまとうのが雪崩のリスクであり、雪山で活動する登山者やバックカントリー愛好者にとっても、雪崩は今も昔も大きな脅威となっている。

そうした雪山での雪崩事故防止を推進するために、2000年4月に設立されたNPO法人が日本雪崩ネットワーク(JAN)で、雪崩教育による人材育成、雪崩事故調査、雪崩情報の発信などを柱とした活動を続けてきている。
その設立者であり、日本における雪崩リスク軽減活動のオピニオンリーダーとしても知られる出川あずさ氏がまとめたのが本書。1991年から2020年までの30年間に起きた190事例(雪崩による死亡事故179事例すべてと、ケガなどのみで生還した11事例)について検証・解説した、これまでにない事例集だ。

さて、雪山で雪崩を発生させる不安定性は、気象に起因する「荒天の不安定性」と、積雪内で雪粒が変態することで生じる「持続型の不安定性」の大きく2つに分けられるという。荒天の不安定性には、まとまった降雪による「ストームスラブ」や、風によって形成される「ウインドスラブ」などがあり、持続型の不安定性にも、人的誘発の可能性が長く継続する「持続型スラブ」や、誘発の可能性は低いが重大な結果をもたらす「ディープスラブ」がある(詳細は本書にて)。

本書では、それぞれの事例をこの4タイプの雪崩の種類に分類して解説しているのが、構成上の大きな特徴だ(この4つ以外のタイプの雪崩事例については、「そのほかの雪崩」として第5章にまとめられている)。

全190事例のうち、130例はリストで表示され、事故の概略をざっくりと把握するのに役立つ。ほかの60例については、「気象と積雪」「地形特徴」「発生した雪崩」「(遭難者の)行動」「捜索救助」という項目を立て、1〜4ページを割いて詳細な分析がなされている。各項目は簡潔に整理され、地図や写真も多用しているほか、事例によってはアメダスデータや天気図、積雪観察データなども用い、より深く掘り下げて理解したいというニーズにも応える。

事例を検証するにあたり、筆者は新聞報道をはじめ事故報告書、関係者への聞き取り、関係機関による調査などのほか、事故直後に行なったJ A Nのメンバーによる現地調査を重要な情報源とした。訓練を受けたメンバーが、ふだんから習慣的に積雪状態を観察し、ネットを通して情報を共有している、JANというバックボーンがあるからこその強みだろう。

ただ、各事例の解説やデータには専門用語や記号、数字が満載で、雪崩や雪について系統的に学んでいない一般登山者には敷居が高く感じるかもしれない。しかし、無理してすべてを理解しようとする必要はない。事故が起きたときの気象と積雪状況、事故現場の地形的特徴、そのとき当事者はどう行動したかを知るだけでも、雪崩のリスクに対する理解は充分深まるはずだ。

なお、各事例には、事故を考えるうえで重要な点や見落としがちな視点を述べた「Comment」が付記されている。もう30年近く雪崩に携わってきている筆者ならではの見解は、微に入り細を穿っており、これだけにでも目を通す価値はある。

冒頭で筆者は、「どのような雪崩事故であれ、必ず、自分も同じような事故を起こしうる」と考えることが必要不可欠だ、と述べる。そのリスクをできるだけ低減させるために過去の事例を繙くという意味で、雪山に入るすべての登山者やバックカントリー愛好者必携の一冊といえよう。

 

評者=羽根田 治

1961年、埼玉県生まれ。フリーライター。山岳遭難や登山技術の取材経験を重ね、本誌をはじめ書籍などで発表している。著書に『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』(いずれも山と溪谷社)のほか多数。 ​​​

山と溪谷2021年2月号より転載)

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