奥多摩は春が美しい――。早春から新緑の季節の奥多摩の魅力と楽しみ方、そして厳しさ

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暦の上では「立春」となる2月初旬――。山はまだ、寒さの厳しい冬の様相の時期だが、少しずつ春の兆しが訪れる。東京の奥庭である奥多摩でも、少しずつ春の気配を漂わせる頃だ。そんな奥多摩が最も穏やかな時期の魅力を紹介していく。

 

多摩川水系を生み出す山・奥多摩は、山々の木々がすっかり葉を落とす初冬になると、水が引くように訪れる登山者は少なくなる。

西高東低の冬型の気圧配置の下では、奥多摩、丹沢、大菩薩といった表日本の山々は乾いた冷たい空気に包まれた晴天が続く。寒い・乾いた空気の中で、展望は冴え、他の季節では見られなかった遠くの山まで見られる早春の奥多摩の山は魅力的だが、「春まで『山』はお休み」と決めている人も多いだろう。

冬の澄んだ空気に展望が広がる奥多摩の山々(写真/クニョムさんの登山記録より


それでも近所で梅の花の香りが漂い出す頃になると、「山に行きたい」とウズウズしだすはずだ。そんなとき、首都圏在住の登山者であれば、真っ先に思い浮かぶのは奥多摩の山々だろう。しかし、奥多摩と一口に言っても、それぞれの山は標高も厳しさも違う。実際、奥多摩の春は、どんな様子なのだろう?

都会の奥庭の印象の強い奥多摩でも、多摩川水源でもある最高峰・唐松尾山は2109mの標高を持ち、谷筋には5月の初めころまで雪が残る。一方、青梅丘陵の続きと言って良い高水三山の山麓に、少しずつ春の気配を漂わせるのは2月の末頃からで、大きく様相が変わる。

奥多摩の早春を訪ねる際に、最も気をつけるべきなのは、このギャップだ。都会の「春」と奥多摩の春との季節のギャップは極めて大きい。暖冬化で春の訪れが早くなり、都心では3月末には桜が満開になるが、奥多摩の山は時として1年で一番の深い雪となることがある。比較的早く雪が訪れた2021年は例外だったが、奥多摩に雪が降り積もるのは1月下旬以降になってからのことが多い。

例えば2018年3月21日に起きた遭難事故は、まだ記憶に新しい。春分の日に東京都心でも氷雨と霙が降った日、奥多摩主脈の西の端・三頭山(1527m)では大雪が降り、秋川上流の都民の森から登って北面の奥多摩湖に向けて雪の中を下山しようとした13名が行動不能になり救助要請している。

★関連リンク:奥多摩・三頭山で雪が多くて下山不能。“春の雪の心配について”の提言

雪の降る中を登り、さらに雪深い北側斜面を下山したこのパーティの判断は感心しないが、山とは言え桜が咲く季節に同じ東京都の中で「雪山」を想像できなかったのだろう。奥多摩で1000m前後の山で降雪の心配が、ほぼ無くなるのは4月下旬、雲取山から西側では5月になってからだ。早春の間は、1000m前後の山でもザックの中に手袋などの防寒具と、スパッツ、軽アイゼンやチェーンスパイクは入れておいて欲しい。そんな奥多摩の春の魅力・楽しみ方を紹介していきたい。

3月に入ってから、まとまった積雪となるのは珍しいことではない(写真/たかじゅんさんの登山記録

 

 

奥多摩の「春」の状況を知っておこう

先に説明したように、一口に奥多摩の春と言っても、場所によって大きく様相は変わる。つまり、場所を選べば長く、そして様々な表情を持った春を楽しめることでもある。そんな奥多摩の早春からの様子を確認しておこう。

 

冬が残る立春の時期は笹尾根や浅間尾根へ

2月、立春とは言っても冬のイメージが強く残る時期、奥多摩で最も美しく楽しいのは秋川上流の山々だ。多摩川最大の支流である秋川は、奥多摩主脈の最高峰・三頭山を水源としていて、東に御前山や大岳山など1000mを大きく越える山々へと稜線を伸ばしている。奥多摩主脈の北側斜面では4月上旬までは雪が斜面を覆うが、南側では降った雪も陽射しで長くは残らず、乾いた晴天の下で展望を楽しめることが多い。

そんな秋川上流の山々は、この50年ほどの間に、その様相を大きく変えた。1970年頃までは広葉樹の林と茅原が多く、針葉樹の人工林は少なかった。広葉樹は薪炭の材料として、茅は屋根ふきの材料として使われていた時代が過ぎると、明るいカヤトと葉を落とした雑木林の多かった山々は、建築用木材としての針葉樹の植林が1960年代中期から確実に増えていった。早春の光の溢れた明るい雰囲気が減ってしまったのは残念だが、それでもこの時期の秋川上流の山は魅力的だ。

山梨・東京・神奈川県に跨る甲武相国境尾根、三頭山から笹尾根を経て和田峠から高尾山まで続く長大な尾根を筆頭に、南北秋川を分ける浅間尾根、武蔵五日市駅から僅かで辿れる戸倉三山など、1000m前後の穏やかな山々が連なる。

浅間尾根の枝間から眺める富士山。この時期ならではの景色だ(写真/てんてんさんの登山記録

 

笹尾根にも浅間尾根にも、ほかの地域との交流を支えた沢山の峠がいくつも越えている。絹や繭、炭や塩が越えた古い歴史のある峠が、道路の開発と交通網の発達の中で次第に寂れながら、今でも存在する。これらの尾根や峠は、その時の山の状態に合わせて縦走しても良いし、峠越えをしても良い。尾根に立てば、どこからでも南西に富士山が道志や御坂の山々の上に真っ白く頭を出していて可愛いらしい。地図を見ながら状況に合わせて計画すれば4時間前後で、誰にも会わない静かな早春の山が楽しめるはずだ。

 

梅の香りが漂う頃は奥多摩入口付近の山へ

かつて奥多摩の春の訪れは日向和田駅の吉野梅郷の「梅まつり」で始まると言われてきた。しかし、2014年に梅の木のウイルス感染で、青梅周辺の多くの梅が伐採されてしまった。今、再植樹、再興に向けて活動しているところだが、奥多摩入口付近の高水三山などの山麓の集落は、3月に入ると庭先の梅や水仙などが一斉に開花する。

3月に入ると、高水三山の山麓では梅が咲き始める(写真/クニョムさんの登山記録


高水三山、日の出山などの小さな山では、山麓の暖かな雰囲気が楽しい。ダンコウバイ、アブラチャンなどの控えめな花の季節が訪れる。山頂から見上げる雲取山や大菩薩などは、まだまだ雪を纏っている事が多いが、少しずつ膨らみだした木々の芽を楽しむ季節だ。

 

そして鮮やかに緑に染まる山へ――

4月の初旬、1000m前後の山でも緑が見えない中で、奥多摩に春を感じさせるのがカタクリの花だ。高水山、浅間嶺、中旬には御前山で、ピンクの花が点々と咲く。中旬頃から、奥多摩の1000m前後の山々からは、少しずつ花の便りが届き出す。ミツバツツジ、アカヤシオ、アセビ・・・。無彩色だった山が急に鮮やかになってくる。

4月中旬、御前山に咲くカタクリ(写真/マウンテンヴギさんの登山記録


奥多摩での新緑は1000m代の山で4月の下旬から、雲取山などでは5月の中旬になってから、ようやく緑色が徐々に山麓から山頂に向けて登っていく。そして奥多摩の春は6月上旬の多摩川水源地帯の笠取山、飛龍山、長沢背稜のアズマシャクナゲの開花で終わる。肌を刺すような寒さが消えていくと共に、あんなに冴えていた展望は朝晩以外は春霞の中にベールをかけたようになる。

奥多摩が最も穏やかで、楽しめる、少しずつ日照時間の増える登山しやすい季節が、もうすぐやってくる。これから、春の訪れとともに、それぞれの時期に適した山を紹介していこう。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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奥多摩は春が美しい! 春の奥多摩の魅力、楽しみ方、そして厳しさ――

暦の上では「立春」となる2月初旬頃、少しずつ春の兆しが訪れる。東京の奥庭である奥多摩でも、少しずつ春の気配を漂わせる頃だ。そんな奥多摩が最も美しいい時期は2月下旬~5月初旬と、山田哲哉ガイドは語る。この魅力を、山田氏の目を通して紹介していく。

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