奥多摩最高峰ながら不遇な唐松尾山。深い原生林の新緑、アズマシャクナゲ、独特の展望を楽しむ

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最高峰であり堂々たる存在感のある山容を持ちながら、他の奥多摩の山々と比較すると知名度の劣る唐松尾山。しかし、原生林の中の苔むした道の先には、太古からの自然を眼下にできる独特の展望が広がる。奥多摩最奥に位置する、深い原生林に抱かれた唐松尾山の魅力を味わって欲しい。

 

かなりの奥多摩好きの方でも「奥多摩の最高峰は唐松尾山」と言うと「えっ? 唐松尾山って・・・、どこにあるの?」と不思議な顔で尋ねられることもある。多摩川水系最高峰・標高2109mの唐松尾山は、何故か不遇な存在となっている。

西御殿岩から望む唐松尾山の堂々たる姿(写真/しげさん さん


唐松尾山は雲取山から西へと続く稜線――、飛龍山、笠取山、雁峠へと連なる多摩川水源地帯の山の中で将監峠の西に連なる、ひときわ大きな山塊の中心となる山だ。青梅街道と一ノ瀬高原を分ける犬切峠の多摩川水源展望台や、青梅街道最高点・柳沢峠の東にある多摩川源流展望台から北側を臨むと、黒々とした原生林の山々の中に高く聳える凛とした姿は美しい。

唐松尾山を不遇の存在とする理由の一つは、雲取山から金峰山へと続く奥秩父主脈縦走路が、多摩川水源地帯の部分は主稜線を通らずに南面の標高1800m前後を緩やかに巻いて通過してしまい、山頂を通らないからだろう。飛龍山(2077m)、龍喰山(2012m)、西御殿岩(2075m)と標高も山容も堂々たる山々が、登山者にはその存在すら知られずに山腹を巻いて過ぎてしまう。奥秩父主脈縦走路は、もともとは東京都水道水源林の巡視路を利用しており「森林巡視のための道が山頂を通る必要がない」からだという。山頂を通らず、登り下りを避け、中腹を丁寧に巻いて作られている。

飛龍山、唐松尾山などは30年ほど前までは山頂に至る登山道も不明瞭で、原生林の中の苔むした微かな踏み跡を辿って山頂に立つ篤志家向きの山との印象が強かった。現在は、登山道も明瞭となり、地形図をシッカリと見ていれば迷うことは少ないので、ぜひ登ってほしい山だ。

原生林が残る道は、春から初夏は新緑が美しい(写真/いっき さん


唐松尾山は山梨県と埼玉県の県境にある。南面・山梨側はコメツガを中心とした原生林だが、所々に沢の水源のガレ場や草原があり、登山中に明るい展望が開けるのが魅力だ。山頂付近には山名の由来となった天然カラマツがあり、新緑の季節には瑞々しい葉芽を付けている。一方、北側(埼玉側)は荒川支流滝川水系で、登山道の無い広大な原生林が広がる。奥多摩の中でも太古からの自然をタップリと味わえる最高峰に相応しい山だ。

唐松尾山へは山梨県甲州市(旧塩山市)一ノ瀬高原から登るのが一般的だ。一ノ瀬高原は「陸の孤島」とも言えるところで、青梅街道から犬切峠を越える道、多摩川源流のオイラン淵から一ノ瀬林道(長らく通行止めが続いていたが2022年5月に復旧)を辿る道、いずれも公共交通機関が無く、マイカーで登山する者以外はJR中央線の塩山駅からタクシーを使用(約1万円)する以外にアプローチの方法がない。こんなことも、この奥多摩最高峰が顧みられることが少ない理由かもしれない。今回紹介するのは、一ノ瀬高原の三ノ瀬集落から登るコースとなる。

三ノ瀬集落から奥多摩最高峰の唐松尾山を目指す

行程:
将監峠入口・・・牛王院平・・・山ノ神土・・・御殿岩分岐・・・西御殿岩・・・御殿岩分岐・・・唐松尾山・・・展望岩・・・唐松尾山・・・御殿岩分岐・・・山ノ神土・・・牛王院平・・・将監峠・・・将監小屋・・・将監峠入口(約7時間)

⇒コースタイム付き地図

 

苔むした原生林の先にある独特な展望の山

登山口にあたる一ノ瀬高原・三ノ瀬集落は、南側が大きく開けた明るい集落だ。ここにある民宿「みはらし」は、マイカーの場合の駐車にも対応してくれる。まずは「みはらし」前から朝日谷に沿った将監峠へと向かう車道を歩き出す。カラマツ林を抜けた牛王院下からは、七ツ石尾根に付けられた登山道(この道も水源巡視路)へと向かい、カラマツの森から明るい広葉樹の森に入る。

ミズナラ、ブナの美しい新緑の森は、春ならば繁殖期を迎えた鳥の声がうるさいほどだ。ウグイス、コマドリ、オオルリなどの三鳴鳥を中心に、営巣するナワバリの鳴き声と、これに托卵を試みるホトトギス、ツツドリ、ジュウイチなどの声が交錯し、明るい森は賑やかだ。

登りが一段落する頃には、背後には富士山と、三角錐の大菩薩嶺が聳える。さらに傾斜が落ちると現れる鹿除けの柵を潜り抜ければ、奥秩父主脈縦走路の牛王院平(ゴオウインタイラ)に登り着く。武田信玄が牛の形をした金塊を埋めたとの伝説のある小広い広場だ。

縦走路を辿ると僅かで山の神土(ヤマノカンド)に到着し、ここで埼玉県側の展望が開ける。山の神土は奥秩父の秘峰・和名倉山への微かな道と、山腹を巻いていく奥秩父主脈縦走路、唐松尾山方面に向かう道の十字路となっている。

西御殿岩からは、随一の展望が広がる(写真/marmot さん


続く道はコメツガの苔むした原生林の中を緩やかに登っていく。多摩川源流の中川水源の枯れた沢を三本横断すると右に西御殿岩を示す小さな指導標がある。微かな踏み跡だが、実は飛龍山のハゲ岩にも勝るとも劣らない圧倒的な奥多摩屈指の展望台なので、時間が許す限り登ってみたい。笹の斜面のトラバースから埼玉・山梨の県境に登り、岩場を越えて砂礫混じりの登りを終えると360度の展望台・西御殿岩に登り着く。富士山、南アルプス、大菩薩、奥秩父東部の大展望が広がる。

再び登山道に戻り、トラバース気味に笹原を交えた斜面を上がると県境の尾根に出て、天然カラマツを交えた原生林の中を登る。北側斜面(埼玉側)は原生林で、晩春なら点々とアズマシャクナゲが咲いているだろう。登りが続き、県境の尾根から右(北側)に僅かに入ると三角点があり、小さく「唐松尾山・2109m」の標識もある。奥多摩最高峰とは思えない静かなささやかな山頂だ。山頂は木々に覆われ展望は無い。

山頂は展望はないが5月下旬から6月初旬はシャクナゲが迎えてくれる(写真/道遙か さん


もし時間的余裕があれば、北側に伸びる尾根に少しだけ寄り道しよう。この尾根は黒岩尾根と呼ばれ、1960年代には荒川支流滝川の釣り橋小屋(現在は跡形もない)へと降りる黒岩新道と呼ばれる歩道があった。上黒岩、下黒岩と展望に優れた岩峰を越える道は、今では歩行困難となってしまったが、この踏み跡を辿ってシャクナゲの咲く中を下ると、程なく北側に大きく開けた岩峰の上に立つことができる。ここからの展望も素晴らしい。足元に広がる荒川源流、北東の大きな和名倉山、奥秩父北面から浅間山まで独特な展望が広がる。

山頂に戻り、山の神土への道を降る。山の神土から牛王院平へと向かい、下山は将監峠へと広々とした防火帯の横を下っていく。かつて山梨と埼玉秩父を結んだ将監峠は、広々とした草原で解放感一杯だ。銀色の春の風が渡る峠から多摩川源流・龍喰谷の水源のある将監小屋の前に降り立つ。

将監峠は開放感ある広々とした草原が広がっている(写真/道遙か さん


唐松尾山への登山は東側の将監峠にある将監小屋を拠点とする場合が多かったが、コロナ禍を理由に2年以上に渡って営業を休止していて、再開には相当の時間を要しそうだ。小屋は立ち入り禁止となっていて荒廃しているが、テント場は利用可能でトイレもある。

ここからは30年ほど前に登山道を広げ軽トラックが登って来られる車道(一般車は入れない)を降っていく。単調な車道だが、何回も水源の沢を渡り、広葉樹とカラマツの森が続く道は、時間はかかるが意外と楽しい。やがて牛王院平下で朝、歩き出した尾根道と合流し、三ノ瀬へと降り着く。

将監小屋前ではテント泊は利用できる(写真/カズパパ さん


唐松尾山は、飛龍山、笠取山などの多摩川水源の山同様、奥多摩最奥部に位置する山だ。山も大きく、食い込む谷も深く厳しい。訪れる者も少なく青梅線沿線等のポピュラーな山以上の計画性のある準備をして登ってほしい。

今回で「奥多摩の春」を訪ねる山の紹介は最終回となるが、奥多摩の山々は「東京・首都圏の奥庭」の印象が強く取り付き易い山が多いが、それでも滑落や道迷いの事故は後を絶たない。標高の低い山であっても、予定を建て、登山の情報を確認し、形だけでも計画書を作り、雨具、ヘッドランプなどの準備は最低限用意して登っていただきたい。

最近、極めて軽装で山を駆け抜けるような登山者が目立つが、荷物の軽量化は良いことでも、「軽くする」ことは必ず「何かを削って軽量化をしている」わけで、本当に必要なものや安全まで削らずに奥多摩の山を登っていただけば嬉しい。

 

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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