東京都唯一の2000m峰、奥多摩唯一の「日本百名山」、原生林と展望の雲取山

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東京都最高峰の山として、登山愛好者ならずともその名を知られる雲取山。その山頂に立てば、この山が奥多摩の盟主であることに、改めて気付くはずだ。奥多摩の最奥という位置にあるだけに、その道程は短くはないが、その“奥深さ”は奥多摩随一といえる。

 

秩父多摩甲斐国立公園の中の東京都が占める地域の中で、1つだけある「日本百名山」が雲取山だ。東京都の中で唯一の2000m峰でもある。山頂は東京都、埼玉県、山梨県の県境になっていて、他の奥多摩の山々とは、その奥深さ、占める山域の大きさ、重厚さにおいて群を抜いている。

俯瞰して地図を見ると、東西に細長い東京都の左端・・・つまり西の端の先端部分に雲取山は聳えている。深田久弥は、その著書「日本百名山」の中で、「煤煙とコンクリートとネオンサインのみが、いたずらにふえていく東京都に原生林に覆われた雲取山があることは誇っていい」と著した。この言葉は東京に住む登山者の共通の思いだ。奥多摩で登山を始めた人たちにとって、「いつかは雲取山に登ってみたい」という目標となる山なのだ。

七ツ石山から望む雲取山の堂々たる姿(写真/てんてん さん


山頂に立てば、雲取山は奥多摩の山であると同時に奥秩父の山でもあることに気付くはずだ。奥秩父主脈は雲取山から西へ――、雁峠、雁坂峠、甲武信岳、国師岳、金峰山、瑞牆山へと伸びている。一方、東側へは雲取山を起点として、東京都と埼玉県を分ける長沢背稜があり、芋ノ木ドッケから長沢山、酉谷山、三ツドッケ、蕎麦粒山、日向沢ノ峰、棒ノ折山、高水三山と長々と伸びて青梅丘陵へと続いている。さらに、北には白岩山、霧藻ヶ峰を経て三峰神社への尾根も派生している。

雲取山の頂に立つと、奥多摩の最奥に来たことを認識できる(写真/ぶーーー甲山 さん


さらに、南東方面に伸びる石尾根(七ツ石尾根)は七ツ石山、鷹ノ巣山、六ツ石山と東へと続き、奥多摩駅へと下っている。また、東に目を転じれば、早朝ならば東京の市街地の後ろに朝日に輝く東京湾がオレンジ色に見えているはずだ。「奥多摩の山は雲取山を起点としている」との思いを新たにするに違いない。

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雲取山は埼玉県側の荒川水系荒沢谷上流、山梨県側の後山川青岩谷、東京都側の日原川水源地帯、いずれもシラビソ、コメツガを中心とした苔むした原生林が覆っている。

また、石尾根上に刻まれた防火帯は山火事防止のために人工的に刻まれたものだが、山上の広々とした草原として明るい印象を創り出している。ちなみに、この防火帯は40年ほど前までは見事なお花畑だった。春のワラビから始まって晩春のアツモリソウ、盛夏のオダマキ、ヤナギラン、ギボウシと素晴らしい花の広がりがあった。主に鹿の食害によって全く姿を見なくなったお花畑には、今は鹿も食べないマルバダケブキが咲いている。

マルバダケブキが咲く尾根道を歩く(写真/とりこ さん


山頂から流れ出すたくさんの沢は、沢登りの好ルートとして登られている。雲取山周辺の沢は、かつては、ほとんどの沢にワサビ田が作られていた。谷筋を辿れば、どんな山奥でも石垣が組まれ、青々としたワサビ栽培と出会えた。今でも鷹ノ巣山の下の峰谷周辺では僅かに、ワサビ田を見ることができる。

雲取山に登る登山コースは10を越える。三峰神社にロープウェイがあった時代は三峰神社から霧藻ケ峰、白岩山を越えて来るコースが重厚な原生林の中を辿る人気のコースだった。雲取山荘の荷揚げのボッカも長い間、ロープウェイ駅から行われていた。

1960年代には上野駅から「夜行くもとり号」という列車が運行され、熊谷から秩父鉄道に乗り入れて三峰口で深夜に接続するバスがあり、さらにロープウェイの臨時運行が行われていた。ロープウェイが廃止された今では利用者は少なくなったが、出発点の標高が1060mあり、標高差の少ないこともあり、このコースを好む者は現在でも少なくない。

東京都と埼玉県を分ける長沢背稜のコースは、原生林の中を辿る稜線上の道で未開の要素も強く、原生林の中の縦走は奥多摩でも最も奥深い印象を持つはずだ。ただ、日原から酉谷山に直接登るコースは何れも荒廃している。「東日原から横スズ尾根を登り、三ツドッケ下の一杯水で長沢背稜に入り、酉谷山から長沢山、芋ノ木ドッケを越えて行く東京都の北端を辿る」というコースは、東日原から雲取山荘まで12時間近いコースタイムとなり、陽の長い時期の下山向きのルートといえるだろう。

他にも日原から日原川上流へと向かい唐松橋付近へと日原林道を歩き、雲取山へ向かうコースには、唐松谷林道、富田新道、大ダワ林道と複数あったが、最も登り易かった大ダワ林道が度重なる崩壊で廃道となり、唐松谷林道も通行止めのことが多く、現在安定して利用できるのは富田新道だけだ。

唐松橋を渡って進めば、渓谷美を楽しみながら歩ける富田新道(写真/すみれ さん


富田新道は渓谷美と森の美しさを堪能できる好ルートである。大ブナ別れで林道から唐松谷出合にかかる唐松橋を渡り、明るい広葉樹の森からブナの林立する野陣ノ頭に出て明るいカラマツ林と小笹の中を小雲取山を経て雲取山に登るコースは魅惑に包まれている。

また、青梅街道のお祭りから後山林道を辿り、三条ノ湯から雲取山を目指すコースは、山の上の鉱泉に泊って山頂直下の三条ダルミから登るもので、素朴な山小屋の雰囲気と周囲の渓谷美、森の美しさは抜群だ。

蛇足になるが、筆者が中学生の頃、雲取山に初挑戦するのに利用したのは奥多摩駅から六ツ石山、鷹ノ巣山、七ツ石山を越えてブナ坂から雲取山に登頂する石尾根縦走路だった。真夏の炎天下、六ツ石山までの1000mを越える標高差を登り、更に鷹ノ巣山、七ツ石山と少しずつ標高を上げて行く素晴らしい縦走路は一日で登りきるのは極めて苦しい登山だったことを思い出す。

9時間近い行動時間の縦走路は、南面が終始、明るい展望が開けているうえに、ブナの森やダケカンバの道と続き、ブナ坂から上では富士山や大菩薩、そして南アルプスの展望が疲れを癒してくれる。ただ、長沢背稜同様、登りには向かないので、下山に採るのがお勧めのコースだ。

これらのコースの他にも、三峰神社コースに太陽寺からお清平に登り合流する道、長沢背稜なら天祖山から水松山下で登るコース、三条ノ湯からは丹波山からサヲラ峠経由で入る原生林のルート、石尾根には水根から水根沢林道を鷹ノ巣山下から登ったり、榧ノ木尾根から鷹ノ巣山で登り着いたり、峰谷から千本ツツジで石尾根に登ったりと、様々なコースを組み合わせることも可能だ。

数あるコースの中で、今回取り上げたいのは、最もポピュラーな、鴨沢からの往復コースだ。

鴨沢から雲取山を往復する

行程:
【1日目】 鴨沢・・・小袖乗越・・・堂所・・・七ツ石小屋・・・七ツ石山・・・ブナ坂・・・雲取奥多摩小屋・・・小雲取山・・・雲取山・・・雲取山荘
【2日目】 雲取山・・・小雲取山・・・雲取奥多摩小屋・・・ブナ坂・・・七ツ石山・・・七ツ石小屋・・・堂所・・・小袖乗越・・・鴨沢(往復約10時間)

⇒コースタイム付き地図はこちら

 

山中にある小屋やテントに泊まり、雲取山の魅力をタップリと楽しみたい

さまざまあるコースの中で、雲取山に登るのに最も安定した登山道は奥多摩湖畔の鴨沢からのコースだ。標高差は1400mを越えるが、決定的な急登がなく、多くの登山者に登られていて登山道は安定していて危険個所も限られている。

歩き出しは奥多摩湖を見下ろしながら鴨沢の集落の中を登っていく。杉木立の中を登り、小袖乗越で駐車場と車道に出会う。ここから再び登山道に入り、かつては人が住んでいた住居跡などの間を緩やかに登っていく。

広葉樹と杉、檜の人工林の中に登山道は続く。広葉樹が増えてくる堂所という場所からは、尾根の近くを巻いて一気に高度を上げて行く。やがて七ツ石小屋分岐だが、ここで登山道は片倉谷の水源を大きく巻いていくコース、七ツ石小屋に出てブナ坂を目指すコース、小屋から七ツ石山を越えて行くコースに分かれる。七ツ石小屋は素泊まりのみの小屋だが、富士山の展望に優れこじんまりした楽しい山小屋だ。最も楽なのは大きく巻いていくコースだ。

七ツ石小屋は素泊まりほか、テント泊も利用可能だ(写真/てんてん さん


やがてブナやミズナラの美しい原生林の登りとなり、木の間越しに雲取山が初めて見える。そして大きな重厚な姿の山が飛龍山だ。トラバースしてブナ坂に到着すると、石尾根縦走路、唐松谷林道との十字路になり、幅広い石尾根の一角に登り着いたことになる。ここからの広々とした防火帯の明るい草原の道は、ここまでの苦闘を忘れさせる。

進むごとに大菩薩、富士山、南アルプスの展望が大きく広がっていき、尾根の北側にはミツバツツジ、ドウダンツツジが点々と咲くのは春ならではの楽しみだ。やがて大きな広場が現れ、防災用のヘリポートに到着する。

この場所の北側には山の桜の最後を飾る美しいミヤマザクラが数本あり、5月末から6月頭にかけては白く天を指す独特の花が待っている。雲取山を目指す登山者は4月の奥多摩湖畔のソメイヨシノから始まって、ヤマザクラ、ミネサクラ、このミヤマサクラまで長い期間に渡って花見が楽しめることになる。

5月中旬以降はツツジが咲き、登山に彩りを与える(写真/アレス さん


解体された奥多摩小屋前からはシラビソ、ウラジロモミ、カラマツにサルオガセの下がる深山の雰囲気に満ちてくる。ここからは、所々で急な登りが混じってくるが背後に登る毎に広がる展望が素晴らしく、疲れを忘れさせる。小雲取山の下で富田新道が合流すれば、もう雲取山は目の前だ。右に雲取山荘への巻き道を分ける。

この巻き道は登り下りもあり、距離も長くエスケープルートとしては利用価値がないが、重厚な苔むした原生林の中に続く道で、雲取山の違う顔と出会える道でもある。登山道は砂礫と岩とカラマツの幼木の道となり、最後の登りとなる。避難小屋の前に登り着き、緩やかに登ると三角点と大きな標識と展望盤のある雲取山山頂に立つ。360度の展望を楽しんだら、打って変わった原生林の中を雲取山荘に下って泊まろう。翌朝、早朝に立てば、更に美しい展望が待っている。

雲取山荘の前から眺める日の出の様子(写真/O.Y. さん


雲取山は鴨沢登山口から一般的な登山者で登り五時間半ほどの歩行時間がかかる。往復で9時間前後の行動時間で、忙しい登山者は日帰りで挑む者も少なくない。安定的な登山道が続き、危険個所は一見、極めて少なく見えるが、日帰り登山者の下山中の転落事故が、ここ数年、目立っている。

七つ石小屋、雲取山荘、三条ノ湯と、それぞれに魅力のある山小屋があり、朝晩の山の雰囲気も素晴らしい。できれば一泊して変化に富んだ様々なコースと組み合わせて雲取山の魅力をタップリと楽しんで欲しい。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
 ⇒山岳ガイド「風の谷」
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