雪山の新境地を切り開け『ヤマケイ登山学校 バックカントリースキー&スノーボード』

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評者=森山伸也(ライター)

ヤマケイ登山学校 バックカントリースキー&スノーボード

監修:藤川 健、旭 立太
発行:山と溪谷社​
価格:1400円(税込)

 

上越国境の山村に暮らし、玄関からスキーを履いて犬と山に登ることを日課としている。近年、雪山がにぎわっている。晴れれば山肌にトレースがつき、誰かがせっせと登っている。残雪期の話?

いや、これを書いている厳冬期ど真ん中の話である。稜線までたどり着いた彼らの足元はスノーシューやワカンではなく、ファットスキーかスプリットボード。近所の猟師に聞けば、これまでは厳冬期に入山するのはどこかの山岳部くらいなもので、少人数で入山するスキーヤーやスノーボーダーを見かけるようになったのは、ここ最近のことだという。今年は雪が多いので小雪が理由ではない。なぜだ? 答えは、目覚ましい滑走道具の進化である。

山スキーの板は太く、軽くなったことでラッセルが容易になり、ロッカー形状で深雪でも扱いやすくなった。ブーツは軽く、可動域が広がりストレスのない登高を可能に。ビンディングは軽さと同時に剛性をアップ。進化の最たる例は、スノーボードだろう。縦に2枚に割れたスプリットボードという新たなジャンルが確立され、板を背負うことなくスキーのように履いて歩けるようになった。登りきった山頂からは2枚の板をガッチャンコして滑走。登高時に使うクライミングシールも10年前に比べるとずいぶん薄く軽くなった。その結果、雪深い厳冬期でも山を移動でき、一日の移動距離が延び、活動山域がグーンと広がったのだ。

道具が変われば使い方も変わり、行動範囲が広がればリスクも増えるわけで、新たな指南書が必要となる。監修の藤川健さんは本書でこう言っている。

「道具の進化に合わせて使い手も技術を磨き、扱い方を会得していかなければならない」。また、こんなことも。「昔の道具であれば上級者でなければ滑れなかったので、必然的にBCへ出ることができなかったレベルの人が、今はとりあえず行けてしまうという危険もはらんでいる」

バックカントリーの滑走道具はここ10年、猛烈なスピードで進化してきた。スプリットボードが市場に広く普及したことで、そのスピードはやや鈍化した感がある。そのタイミングを見計らっての本書の登場というわけだ。

本書は7つのパートに分けられている。バックカントリースキー&スノーボードの世界や歴史をつづった導入のパート1。パート2は用具とウェアについて。滑走用具をATスキー、テレマークスキー、スノーボードの3つに分けて紹介しているところが、テレマーカーでもある藤川健らしい。パート3は計画・準備。まずはゲレンデ練習からはじめようと長いスパンで上級者への道を提案している。パート4は歩行技術。山岳スキー競技者のキックターンは勉強になるし、スプリットボードの扱い方をこれほど詳しくまとめている書は珍しい。パート5は滑走技術。ターンの連続写真でわかりやすい机上レッスンがはじまる。パート6はバックカントリーの危険とリスクマネジメント。天気や雪崩、踏み抜きなどあらゆる危険要素を洗い出し注意喚起してくれる。パート7は全国バックカントリーエリアガイド。巻末には雪崩講習会のアナウンスや全国主要ショップリスト、バックカントリー用語集までついて至れり尽くせりの一冊だ。

パート、パートの間に監修者ふたりが思いをつづったコラムがまたいい。藤川健による斜面共有の他者への思いやり、旭立太のヒューリスティックと認知バイアスには膝を打った。

ヤマケイ登山学校シリーズの一冊だが、初心者だけのものではない。上級者こそ手元に置いて、ときどき読み返して足元を固めるバックカントリーのアップデート技術書である。

 

評者=森山伸也

1978年、新潟県生まれ。フリーライター。上越国境の豪雪地に居を構え、先人の知恵を得ながら暮らす。北欧のトレイルに精通し、著書に『北緯66.6° 北欧ラップランド歩き旅』(本の雑誌社)がある。Twitter:@moriyamashinya​​​

山と溪谷2022年3月号より転載)

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