雪国に春を告げるマンサクの花|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第27回は、ささやかに彩られ始めた雪国の春。

文・写真=星野秀樹

 

 

マンサクで始まりマンサクで終わる雪国の森

強烈な日差しと雪の照り返し。残雪の森は光に満ちている。
裏の森へと続くザラメ雪の尾根は日に日にヤブに行く手を遮られ、もういく日かすれば、冬の間中通い続けたこの「雪の道」も消えてしまうことだろう。
根元がまだ厚く硬い雪に覆われたブナの木々が、青空に大きく広げた枝先から少しずつ芽吹きの気配を見せ始めている。もうまもなく始まる賑やかな生命の季節へ向けて、一気にエネルギーを爆発させようとする寸前のように見えた。

そんな残雪の森の入り口で、小さな春の色を見つけた。
淡い黄色の、モシャモシャとしたか細い花びらを開いて小さな花が咲いている。
マンサク(マルバマンサク)だ。
はかない線香花火のような小ぶりな花はなんとも地味な存在だけれど、まだ彩り乏しい残雪の森で出会う、貴重な「色」である。深く重たい雪に押しつぶされながらも折れることなく柔軟に枝先を伸ばして、雪原を渡る春の風に揺れている。
その名の由来が、「まず咲く」から転じたとか、「万年豊作」に由来するとか言われているだけに、
なんとも雪国の春にふさわしい花だと思わずにはいられない。

見上げる高木に、肉厚な白い花をたくさん咲かせているのはタムシバだ。
雪国の森に、マンサクとともにいち早く春を告げる木である。甘い匂いに誘われてやってくるのだろう、忙しなくヒヨドリが花を渡り歩いている。
青空に映える数多くの白い花を実らせて、まるで木そのものが咲いているかのような、巨大なひとつの花のような、そんな存在に見える。雪の白さとはどこか違う「白さ」は、生命が宿るものの「色」のように感じられる。

 

 

そんな光や色、生命の気配に溢れ始めた季節になっても、まだしつこく雪が降ることがある。
ある年の4月半ば、前日の夜半に降った新雪を踏みながら、早朝の森へ出かけた。
日差しとともに、木々を薄く覆った雪は早々と光の滴となって消えてゆく。それでも足元の雪は表面が新しく更新されて、なんとも新鮮で美しかった。
向かう先に、爪痕のある大きな足跡と出会った。冬眠から覚めたクマが歩き回っているのだろう。ついさっき踏まれたかのような足跡は、延々と森の奥へと続いている。もしかしたらどこか木の影からでもこちらを伺っているのかもしれない。腹を空かせているのかな、寝ぼけているのかな。昨夜の雪は寒かったかな。森の隣人の想いを、そんなふうに想像してみるのだった。

マンサクは、雪国の森に春を告げるだけではない。実は、秋にもう一度その存在を主張する。黄赤に紅葉して落葉した葉っぱは、なんとも言いようのない濃厚な、不思議な香りを発している。僕はそれを「紅葉の匂い」と呼んでいる(本連載2020年10月「紅葉の匂い」参照)。秋の彩りや、冬の始まりを告げるのも、マンサクなのだ。
春、淡いマンサクの「色」が点在する雪国の森は、
秋、濃厚なマンサクの「香り」漂う森となる。

 

 

●次回は5月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

ずくなし暮らし 北信州の山辺から

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