川苔山――、変化に富んだ沢山のルートが集まる奥多摩屈指の人気の山

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奥多摩駅の北側にそびえる川苔山。山頂へは四方から登山道が延びていて、それぞれ特色あるコースを楽しめる。このうち、蕎麦粒山方面からの道は、5月中旬以降はたくさんのツツジが迎えてくれる。シロヤシオのトンネルをくぐるような登山を楽しんでみてはいかがだろうか。

 

5月下旬、川苔山付近ではシロヤシオが盛りとなる(写真/しゅう さん


川苔山は標高1363m、奥多摩の山々の中では中程度の標高だ。決して標高の高い山ではないにもかかわらず、四季を通じて訪れる者の多い人気の山だ。その理由は、個性のあるルートが四方に伸びていて、変化に富んだ魅力ある山だからだ。

奥多摩の山々の多くは、主稜線・大きな尾根の上にあるのに対して、川苔山は東京・埼玉県境の尾根から南に分岐した支脈の上に聳える。山頂から四方に尾根が伸び、また鋭く谷や沢が食い込み、複雑な地形をもっている。

最も人気のある川乗谷林道の川乗橋は標高430mで山頂までの標高差は900m、最も取り付き易い青梅線・鳩ノ巣駅は標高350m。標高差は1000mを越える。登りごたえのある、充実した登山が楽しめる。

川苔山に登るコースは、ほんとうに様々だ。東側から1つずつ挙げると、

  • 青梅線川井駅から大丹波川沿いに百軒茶屋を経て登る道
  • 古里駅から赤杭尾根を赤杭山、エビ小屋山を越えるコース
  • 鳩ノ巣駅から舟井戸を経て直接、山頂へと向かう道
  • 本仁田山を越えて大ダワを経て登るコース
  • 最も人気のある日原川・川乗橋から川乗谷沿いに百尋ノ滝をはじめとした渓谷美を楽しみながら登る川乗谷林道(2022年5月現在、工事中で7月中旬までは通行不能)

などのコースが良く歩かれている。それぞれのコースについて簡潔に紹介しよう。

大丹波川沿いのルートは、1970年代中期までワサビ田の中に洒落た雰囲気の大きな「獅子口小屋」という宿泊できる山小屋があり、木宮さんという老夫婦が住んでいて山小屋泊で登る人も多かった。木宮さんが山を下りたために小屋は無くなってしまい、このルートもあまり歩かれなくなってしまった。

清流が美しい大丹波川のコース(写真/space036 さん


赤杭尾根は、かつて広葉樹の森が広がり、赤杭山、エビ小屋山を越えた後、広々とした草原だった防火帯があり、大きな標高差にもかかわらず人気があったが、下部が暗い植林帯となり、途中に一部、林道の上を歩く部分ができて、やや単調になってしまった。

鳩ノ巣駅から大根山ノ神を経て舟井戸から直接山頂へと登るコースは大きな標高差でも最も合理的に道が拓かれ短時間で登頂することができる。ただ、大部分が人工林の中の展望もない単調な道なので、下山に採られることが多い。

川乗橋からの川乗谷林道は最初の1時間は舗装された林道歩きだが、聖滝などの滝や釜を見ながらの登山道となり、何回も美しい谷を橋で渡るのは魅力的だ。大きな落差を持つ百尋ノ滝を見たあとに山頂へと向かうコースは、川苔山屈指の変化に富んだ人気ルートだ。

川乗谷林道のハイライトの1つ百尋ノ滝(写真/ヒロ さん


これらのルートを上手に組み合わせて、変化に富んだ川苔山登山を自分の好みに合わせて計画を立てるのが楽しい。そして川苔山の山頂に立てば、特に西側の展望に優れている。足元に食い込む川乗谷や日原川水源の上に大きく雲取山が聳える。東京・埼玉県境の尾根が雲取山へと続く様子、鷹ノ巣山などの石尾根の山々、日向沢ノ頭の北に続く奥武蔵との位置関係など、これから色々と奥多摩を歩いてみようと考えている登山者には山域の様子がよく判る展望の山でもある。

ここまでは川苔山へ登るルートの概要を簡潔に紹介してきたが、今回詳しく取り上げたいのは、東日原からヨコスズ尾根を登り、一杯水から仙元峠、蕎麦粒山を越えて日向沢ノ峰で東京・埼玉県境尾根から分かれて踊平を経て曲ケ谷北峰から川苔山へと至るルートを紹介したい。行程が長いため健脚者向きだが、春はブナの新緑が見られ、ミツバツツジが咲く。仙元峠から蕎麦粒山の間は5月末にはシロヤシオが美しく、奥多摩でも屈指の自然の残されたルートだ。

ちなみに、コース前半の東日原から横スズ尾根を登り大きな避難小屋のある一杯水を経て仙元峠へと登る部分は、稜線北側の秩父市浦山と日原から奥多摩を結ぶ歴史ある峠越え、交易の道でもあった。秩父に住み富士山遥拝の信仰を持つ人は、江戸時代には本物の富士山麓まで行くのは難しくても、浦山から仙元峠に立ち、ここで初めて富士山との対面を果たしていたという。

交易の道としては、古い文献を調べると現在の一杯水避難小屋のあった場所は「荷渡し場」があり、秩父浦山、日原の双方から荷物を揚げて、ここで交換していた。日原から急坂を登った場所には茶場と呼ばれ茶屋があり、横スズ尾根の東側を巻き、稜線に戻る所には両外場もあったという。いずれも現在では面影さえもないが、古くから歩かれていた峠越えの道なのだ。

ヨコスズ尾根からシロヤシオのトンネルを通って川苔山へ

行程:
東日原・・・一杯水避難小屋・・・仙元峠・・・蕎麦粒山・・・日向沢ノ峰・・・踊平・・・横ヶ谷平・・・曲ヶ谷北峰・・・東の肩・・・川苔山・・・東の肩・・・舟井戸・・・分岐・・・大根ノ山ノ神・・・鳩ノ巣駅(約8時間)

⇒コースタイム付き地図

 

5月末にはシロヤシオのトンネルが続く


出発点は東日原のバス停だ。急斜面に張り付くように建つ家の間を抜けて、50年前までは石灰石の採掘場だった鉱山跡を通って人工林の中を急登すると、尾根の東斜面を緩やかにトラバースしながら登る道となる。広葉樹が目立ち滝入ノ峰を巻き、尾根上に戻ると大きなシロブナの林立する美しい原生林の明るい登りとなる。

ヨコスズ尾根の美しい原生林の新緑(写真/てんてん さん


やがて立派な一杯水避難小屋が現れ、東京・埼玉県境尾根に出る。ここから歩きやすい縦走路を東へと進む。小ピークを小さく巻きながら進む登り下りの少ない道は、ブナやミズナラが美しい森の中だ。やがて仙元峠への登りとなる。

仙元峠は山頂に小さな社のある立派なピークで、いわゆる「峠」ではない。「仙元」は「浅間」で木の間越しに富士山が見えることを意味する。峠では北に浦山大日堂への道が分岐している。

ここから蕎麦粒山までの間が、このコースのハイライトだ。尾根の両側をシロヤシオがあり、五月末には白い花のトンネルになる。僅かな登りで蕎麦粒山となるが、実際には1472mの標高があり、遠くから見てもすぐに判る均整のとれた三角錐の山容が美しい。北西は樹林に覆われているが、東側は展望が開けていて、これから向かう川苔山や棒ノ折山が見える。

5月中旬~下旬の蕎麦粒山周辺はシロヤシオのトンネルの中を歩く(写真/すてぱん さん


稜線の上には広々と防火帯が刻まれ、明るく広い草原の道を桂谷ノ頭、日向沢ノ峰と展望を楽しみながら歩ける。日向沢ノ峰からは北に有間山や武甲山などの奥武蔵への大きな尾根と、棒ノ折山への尾根が分岐する。なお、仙元峠、蕎麦粒山、日向沢ノ峰の尾根の南側には水道水源林巡視路が整備されているが、何れの山頂も巻いてしまうため、できれば稜線を歩きたい。

踊平へと南下すると、東から川井駅からの大丹波川沿いのコースを合わせて曲ヶ谷北峰へと急登する。もう川苔山は目の前だ。コルにいったん降りたあと、川乗谷林道からの道と鳩ノ巣駅からの道が交差する十字路を過ぎ、防火帯が切られた広がりの中を登れば明るい川苔山山頂に到着だ。

川苔山の山頂から広がる景色を眺める(写真/キャンディ さん


山頂からは、今まで辿ってきた横スズ尾根からのルートが遥かに一望できる。南には大岳山や御前山などの奥多摩主脈、西には雲取山から派生する長沢背稜(東京・埼玉県境尾根)、その先には奥武蔵の山々が広がっていて、地図で山名を確認するのが忙しい。

 

かつての作業道に迷い込まないように慎重に下山を

ここまで、標高差も大きく行動時間もかかっているので、下りは最短距離の鳩ノ巣駅へと降るのが一般的だ。広葉樹の森の中を下った後は、大部分が杉や檜に囲まれた人工林の道が大根山ノ神まで続く。鳩ノ巣駅へと直接降れる安定した登山道だ。

1980年代までは、山頂へと突き上げる、あらゆる谷にワサビ田が築かれ、山中のあちこちにワサビ小屋があり、また林業のための造林小屋も建てられていた。そのため仕事道、作業道も網の目の様に刻まれていた。現在はワサビ田がなくなり、林業も廃れたため、その多くは廃道となったが、それらの踏み跡が正規の登山道から分岐している。

道標を見逃さずに、踏跡に紛れ込まないように進みたい(写真/野良耕筰 さん


ほとんどの分岐には指導標があるが、これらの仕事道や踏み跡に迷い込んで道に迷い、結果として滑落などの遭難がしばしば発生している。また地形も複雑で、谷も険しい。あらかじめコースの様子を下調べして、道迷いの可能性を感じたら素直に引き返して、間違いを確認するなどの行動を徹底して登ってほしい。

 

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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