「ヒル」〜知らぬ間に忍び寄る野山の吸血鬼|山に潜む危険生物(3)/登山力レベルアップ講座

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『登山力レベルアップ講座』は、豪華講師陣から知識や技術を教わって、登山に役立つさまざまな力を「レベルアップ」できる4講座です。『山に潜む危険生物』では、生物について知識を深め、回避法や対処術を学びましょう。第3回は知らぬ間に忍び寄る吸血生物「ヤマビル」です。

文・写真=羽根田 治
イラスト=東海林巨樹
似顔絵イラスト=平のゆきこ

 

ヒルはウェアのわずかな隙間からでも侵入し、皮膚に張り付いて吸血する。痛みはないので気づかないことも多いが、吸着後は出血がなかなか止まらない。

ヤマビル

国内に生息するヒルのなかで唯一の陸生吸血種。体長2〜3㎝、伸びると5㎝ほどになる。扁平もしくは円筒形で細長いが、吸血後は丸々と太る。色は黄褐色〜茶色で、背面に黒い3本の縦縞がある。湿った草の上や樹木、落ち葉の下などに生息し、雨上がりの山道などで多く見られる。活動時期は4〜10月、特に6〜9月ごろ活発になる。頭部と尾部に吸盤を持ち、伸縮を繰り返して移動し、人間や獣類の呼気(二酸化炭素)に反応して吸着・吸血する。

 

ヒルの危険性

ヒルの移動速度は1分間に1mほどといわれ、たとえば登山靴にヒルが取り付くと、わずか30秒ほどで靴下の中に潜り込む。吸血するときは鋸状の歯で皮膚を傷つけて出血させるが、その際に血液の凝固を妨げる物質(ヒルジン)と痛みを感じさせない物質を出す。このため吸血されていてもほとんど気づかず、また、吸血後はなかなか血が止まらない。1時間ほど吸血し、満腹になると自然に剥がれ落ちる。咬まれた跡にかゆみや腫れがしばらく残ることがある。まれに細菌による二次感染を起こす可能性もあるので注意が必要だ。

事例

沢登り中に靴の中に侵入
出血は翌日まで止まらず

2018年7月、20歳男性が5人パーティで、東丹沢の水無川水系源次郎沢に沢登りで入渓したときのこと。登山者の間では、丹沢はヒルが出没するエリアとしてよく知られており、男性も、腕や首周りなどにヒルが付いていないか、定期的にチェックしながら注意して行動した。

だが、下山して、履いていた沢登り用の靴を脱いだところ、左足首のあたりに血を吸って膨れたヒルが付いていた。ヒルに吸着されたのは初めてだったので、「血を吸うとここまで大きくなるのか」と驚いた。注意していたのにやられてしまったのが悔しかった。

出血はなかなか止まらず、下山するころには靴下が血で赤く染まっていた。しかし痛みはなかったので特に手当てはせず、そのまま放っておいて帰宅した。翌朝起きるとシーツに血がついていたので、出血は朝方まで続いていたようだ。

 

ヒルに吸着されないようにするために

①なるべくウェアの隙間をなくす

ヒルはウェアの隙間から忍び込んでくるので、あまり格好よくはないが、シャツの裾をパンツの中に入れる、ズボンの裾を靴下の中に入れるなどして、なるべく隙間をなくすようにする。また、首にはタオルやハンカチなどを巻いておくといい。

②忌避剤を靴やウェアに塗る

ヒルの侵入経路となる部分にヒル専用の忌避剤を塗布しておく。首に巻くタオルや、スパッツ、ゲイターに忌避剤をスプレーしておくのも効果的だ。濃度20%以上の食塩水でも代用することができる。


③体やウェアをこまめにチェック

ヒルは毎年ほぼ同じエリアに出没するので、該当エリアに行くときは、行動中に足回りや腕、ウエストなどをこまめに見て、ヒルが吸着していないか確認する。ヒルの最新出没情報はヤマビル研究会のウェブサイトの「ヤマビル注意報」でチェックできる。


④ザックを地面に直接置かない

ヒルは木の上から落ちてくることはなく、すべて地面から這い上がってくる。休憩時に腰を下ろすときは、地面に直接座らず、シートなどを敷いて座ろう。ザックやサコッシュなども、直接地面に置かないほうがいい。出発するときは、ヒルが付着していないかよくチェックすること。

 

ヒルに吸着されたときの対処法

①ヒルを剥がす

指でつまんで剝がしてもかまわないが、最も簡単なのは、アルコールを含んだ虫よけスプレーや、かゆみ止めの薬などをかけること。上で紹介した忌避剤も効果がある。簡単にコロッと落ちるはずだ。塩を振りかけても効果的。ライターやマッチの炎を近づけたりしても落ちるが、自分がやけどしないように注意しよう。


②傷口を洗い流す

ヒルを落としたら傷口を強く指でつまんで、血液の凝固を妨げる唾液成分などを絞り出す。これを行なわないと血が止まりにくくなる。きれいな水で傷口を洗い流しながら行なえば、より効果的で、のちのかゆみや腫れも軽減できる。流水が近くにない場合に備え、ペットボトルに入れた水道水を常に携行するといい。


③救急絆創膏を貼る

抗ヒスタミン剤などの軟膏を傷口に塗り、救急絆創膏で圧迫止血をする。アンモニアを含む薬は、症状を悪化させてしまう可能性があるので使用しない。一度血が止まっても、入浴時などに再び出血してくるようであれば、圧迫止血をして絆創膏を貼り替える。発熱などの症状が続くようなら、皮膚科医院で診察を受けよう。

コラム

シカとカエルの血がヒルの大好物

ヤマビルは、もともと山奥の限られた狭いエリアに生息しており、現在のように広く分布するものではなかった。しかし、1990年代以降は生息域が拡大し、各地で被害が報告されるようになっていった。その要因として指摘されているのが、ニホンジカの増加だ。

周知のとおり、今、急増したシカによる食害が全国的に深刻な問題となっているが、ヤマビルの主な宿主動物となっているのがこのシカである。2020年6月に発表された研究成果によると、ニホンジカが増加する以前、ヤマビルは主にカエル類に取り付いて吸血していたという。その後、ニホンジカが増加したことで宿主動物をシカに代え、シカとともに個体数を増やして生息エリアを広げていったというわけだ。

シカの増加に伴いヒルも分布域を広げていった。シカがいない地域では、今もカエルが宿主動物である

山と溪谷2022年6月号より転載)

 

 

プロフィール

羽根田 治さん(山岳ライター)

はねだ・おさむ/1961年生まれ。長野県山岳遭難防止アドバイザー。山岳遭難や登山技術、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『野外毒本』(山と溪谷社)など著書多数。

登山力レベルアップ講座

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