群馬県境をぐるっとひと回りして松本へ。田中陽希さん旅先インタビュー第15弾

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頸城山塊のスキー縦走を終えた田中陽希さんは戸隠の里に下山した。雨に降られて、4日間の停滞となったが、かえって心身ともに回復し、次の山へと向かった。群馬県境の山々を歩き、松本に戻ってくるまでの約1ヶ月の旅を追った。

POINT
  • 平成から令和へ150座で折り返し。群馬県境の山々へ 
  •  妙義山では稜線伝いの縦走。難所では足が震えた!
  •  美ヶ原、鉢伏山、鉢盛山。松本周辺の山をめぐり、交流会を開催

 

修験の山2座に登頂。150座で、平成を締めくくる!

飯縄山のあと、戸隠の里に着き、次の高妻山、戸隠山に備えていたのですが、雨で4日間の停滞になりました。肉体的にも精神的にもアドベンチャーレース1回分くらいの疲れとなった頸城山塊のスキー縦走から回復するのに、僕にとっては「恵みの雨」になりました。

高妻山と戸隠山は、当初縦走していく計画でした。直前の情報収集で、避難小屋には緊急時以外に泊まれないこと、戸隠山の雪の状態を地元のガイドさんから聞けたことで、それぞれの山を日帰りする計画に変えました。

4月27日、高妻山では、前日に寒気が入ったため、降雪していました。しかし、それまで黄砂が降ったような雪だったのが、一転して、きれいな真っ白い雪の上を歩くことになりました。登っていてとても気持ちがよかったです。山頂手前の急斜面は「髭をするほど急」という意味で「髭擦りの斜面」と呼ばれるのですが、凍結していたため、アイゼンとピッケルを使い、緊張するなかで山頂に立ちました。

真っ白な雪に覆われた高妻山


翌4月28日は戸隠神社奥社から戸隠山へ向かいました。前日から変わって気温も上がり、難所の「蟻の塔渡り」にも雪はありませんでした。

戸隠山が150座目で、300座の半分を登ったことになります。そしてこれが「平成で登る最後の山」になりました。平成で150座、令和で150座と、節目の山になりました。

戸隠山の難所「蟻の塔渡り」にて


平成最後の日は、長野オリンピックの時のボブスレー、リュージュのコースを見学し、久しぶりに標高1000m以下の街に下っていきました。

5月1日、令和の最初の日は、小布施からスタート、志賀高原に向けて進みました。

戸隠から志賀高原の山へ

 

再びスキーを使っての縦走。雪の残る群馬県境へ

次は、志賀高原周辺の上信国境の山々です。ここはスキー縦走で、志賀高原−岩菅山−野反湖−白砂山−佐武流山−志賀高原の行程を、2泊3日で計画しました。少し気になったのは、戸隠山から頸城山塊と志賀高原を見比べたときに、志賀高原は雪が少なそう、ということでした。

志賀高原から再びスキーで挑む


5月3日、志賀高原からまず岩菅山へ。4年前の二百名山のときは、天候が優れず、寒くて、急いでいたので、あまり記憶がありません。今回は天気良く、周辺がよく見渡せました。

スキーを活かして進みましたが、思っていたより雪は少なく、後半の笹原はほとんど融けていましたので、雪のあるところを探してつなぎながら進み、野反湖畔まで約25km、進みました。

5月4日は白砂山へ。気温が急上昇し、雷の予報がありました。佐武流山への縦走は諦めることにして、白砂山だけを往復するルートに変更しました。

ここでも思っていた以上に雪が少なく、スキーを担いで行ったものの、途中でデポして登ることになりました。4年前は、雨と濃霧で何も見えなかったのですが、今回はじめて白砂山の全容を見ましたし、山頂からの展望も見ることができました。

初めて白砂山の山容が見えた


帰りにはゴロゴロと雷が鳴り出し、途中からスキーを履いて野反湖に下山。翌5月5日に稜線をたどって志賀高原へ戻りました。スキーは担いで歩いたり、履いて滑ったりでした。遠くに、半月前にスキー縦走をした頸城山塊が見えました。

一日の休養を挟んで、5月7日から次の笠ヶ岳と横手山に向かいました。再び寒気が入って雪が降り、霧氷がつくようなコンディションでした。志賀高原ではGW後でも雪が降ることがあるそうです。この笠ヶ岳は三百名山の一座で、今回、初めて登りました。志賀高原は全体的に目立ったピークがないのですが、この山は独立峰で「笠ヶ岳」の名の通り、特徴的な山容です。

初冬のような霧氷の中、笠ヶ岳へ向かう


北側の熊の湯スキー場から、まるで初冬の山のような霧氷の中を気持ちよく登れました。山頂では雲が晴れ、独立峰らしい展望に恵まれました。

笠ヶ岳を振り返る


そして、一旦下山して、次の横手山へ向かいました。横手山も三百名山ですが、大学時代、合宿で来たことがあったので、その時以来になりました。有名な横手山頂ヒュッテのパンを食べるのを楽しみにしていました。午後に行ったので、焼き立てのものが少なかったのですが、美味しいピザパンをいただきました。焼き立てを食べるために、翌日も来ることに決めて、渋峠に下山し、一日2座の行程を終えました。

1日2座で横手山へ。横手山頂ヒュッテの名物は焼き立てのパン


5月8日は早起きし、まず、「日本国道最高地点」からの日の出を見ました。誰もいないかと思っていたら、車で来ている人が何人もいて、ちょっと驚きました。そして、パンを食べるために再び横手山へ登り、焼き立てのパンを食べることができました。

日本国道最高地点でご来光

 

焼き立てのパンを食べるため、再び横手山頂ヒュッテへ


渋峠に戻って、次の草津白根山へ。ここは昨年噴火があったこともあり、噴火規制レベル2となっていて、山には立ち入れません。できるだけ近いところ、全体が見えるところで、草津白根山に登頂として、次に進みました。

草津白根山は規制で入山できないため、ここまでとした


翌日は、万座温泉から10kmほど車道歩きのあと、「群馬県境稜線トレイル」の稜線を歩いて、四阿山に登りました。5年前と同じルートにでしたが、5年前と違うのは「群馬県境稜線トレイル」に指定されたため、手前の毛無山あたりから草刈りがされていたことでしょう。ただ、雪が緩み、踏み抜きをしてしまうような、歩きにくい状態でした。

四阿山からは「群馬県境稜線トレイル」の西の端となる鳥居峠へ下山しました。

群馬県境稜線トレイルを歩き、四阿山へ登頂した


この上信国境の山々は、百名山の時も、二百名山のときも、ことごとく雨、ガス、風など、天候不順の中での縦走で、登り直したい山がたくさんありました。ですので、今回、これらの山は天気優先で登り、どれも展望が得られて、とても思い出深い山旅になりました。

 

足ガクガクの妙義山! 抜け殻のような日があっても旅は続く!

5月10日は、「キャベツの日本一、嬬恋村」からスタートしました。湯の丸峠、池の平、車坂峠と進み、黒斑山へ。そして、浅間山に最も近づける前掛山まで登りました。5年前も前掛山まで行けたのですが、その時は時間に余裕がなく、曇っていて山頂が少し見えただけだったのですが、今回は天気も良く、浅間山を見ながらの外輪山歩きが楽しめました。

キャベツ日本一の嬬恋村からスタート。天気良く、浅間山がずっと見えているなかで登頂した


登頂後は天狗温泉で宿泊。すると、翌日が浅間山の開山祭で、宿のご主人が開山祭の係をしているということで、飛び入りで一言ごあいさつすることになりました。300人くらい来ていたでしょうか。

開山祭のような行事に立ち会うのは、昨年の伯耆大山以来、2回目でした。まだ残雪もあるこの時期に開山祭をするんだな、というのと、山開きという季節がまた来たんだなと振り返りながら、参加させていただきました。

偶然にも山開き行事に立ち会う。伯耆大山に続いて2回目


浅間山から軽井沢まで下り、軽井沢からは旧道の峠を越えて、横川へ進みました。

2月に浅間隠山に登った時以来、約3ヶ月ぶりに群馬県を歩きました。雪雲に覆われた冬から、新緑の季節へ。四季の移り変わりを感じながら、妙義山の麓まで移動しました。

前回とは季節が変わり、気持ちの良い新緑の中、群馬県内を歩いた


5月13日は、修験の山、妙義山でした。

前回は、妙義山と次の荒船山との1日2座だったので、相馬岳に登ったあとは中間道を急いだのですが、今回は、表妙義を貫こうと計画して、岩場の続く、稜線伝いの縦走に挑戦しました。

修験の山、妙義山。稜線伝いの縦走に挑戦!


険しいのは当たり前、という感じで、アップダウンが激しく、ひとつのスキもミスも許されない緊張の連続でした。最高峰・相馬岳を超え、60mの垂直の岩壁、難所の「鷹戻し」へ。最後はほぼ腕力だけで登ります。一人で登るので、ビレイなしですから、久しぶりに高度と恐怖で脚がガタガタ震えました。その後も厳しい岩場・鎖場の連続で、中ノ嶽神社までなんとか下山したのでした。

この日の日記には「達成感よりも生きている実感の方が強かった」と記した


休養日を挟んで、次の荒船山に向けて移動の途中、下仁田で、街道の茶店という風情の「こんにゃくおでん 200円食べ放題」というお店があり、立ち寄ることにしました。

下仁田名物「こんにゃく」。200円で、こんにゃくおでん食べ放題のお店へ


群馬県の下仁田はこんにゃくが有名です。それは加工所が多いからだそうです(こんにゃくいも自体は同じ群馬県の昭和村で穫れるそうです)。

このお店も、自家製こんにゃくなので、安く提供できるんだとか。物腰の柔らかいおかみさんで、群馬県出身のタレント井森美幸さんがアルバイトしてたお店としても知られているそうです。


さきほども言ったとおり、2百名山のとき、荒船山には、妙義山と1日2座で急いで登りました。今回は、一般的によく登られている内山峠からのルートを使い、ゆっくり登っていきました。荒船山は、船というか、タンカーのような山容でした。

船首は最高峰・経塚山と言われていますが、私にはタンカーの操舵室のように見えました。断崖の名所「艫岩」は、今年も転落事故があったばかり。初めてキワに立ってみましたが、覗き込みたい気持ちになる危険な場所でした。

今回はじっくり味わった200名山の荒船山


荒船山のあと、佐久から美ヶ原までの移動の日を挟んで、美ヶ原に登っていきました。

移動の日、身体は元気なのに、精神的にぼーっとしていました。旅の途中では、時々訪れる「脱け殻状態」に陥っていました。

長い旅の中では、「抜け殻状態」になるときもあるそうだ


途中、長い休憩を取ったりして気持ちを回復させて、進んだのですが、そんなこともあってか、直前の情報収集が不十分になってしまい、美ヶ原への焼山沢ルートが通行止めになっていることに気づかず、進んでしまいました。この焼山ルートは、苔の谷を登り、一気に視界が開けるところが良かったのです。しかし、今回は通行止めのために歩けず、結局、ほとんどを車道歩きで進むことになりました。

思い通りにならないことが続いた一日でしたが、「こんな日もたまにはある」と割り切りました。前回と違うルートで歩いた結果、牛伏山の山頂から、夕暮れの美ヶ原高原を見ることができました。美ヶ原は高原なんだなと分かる、初めて見る展望でした。

思い通りにならないことが多い一日だったが、新しい風景にも出会えた


翌日はまず牛伏山でご来光を拝む予定で、夜明けに起き、外にでました。残念ながら、雲が多く、ご来光は拝めませんでした。そのかわり、王ヶ頭に沈む赤い満月を見ることができました。太陽と入れ替わるように沈む満月を、山の上で見たのは初めてでした。

王ヶ頭に沈んでいく赤い満月を見た。


その後、160座目となる美ヶ原・王ヶ頭へ向かいました。八ヶ岳、南アルプスから北アルプスまで大展望で、気分よく、鉢伏山へ縦走しました。

暑い一日だったのに、途中、扉峠のところで水を汲みそこなってしまい、水が足りなくなるのではとドキドキしながら、三百名山の鉢伏山へ立ち、宿泊する鉢伏山荘に到着しました。

天気良く、展望よく、清々しすぎる一日。笹原の稜線歩きは四国山地を思わせた


この日の移動は約27km。終盤は喉がカラカラでしたが、終始、清々しすぎる一日でした。特に二ツ山あたりの笹原の山並みは、四国山地の山々を思い出すような自分好みの縦走路でした。

5月20日、鉢伏山荘から扉温泉経由で松本へ下山。松本はとても暑い日でした。

現存十二天守のひとつ、松本城を見学

 

松本を起点にもう一山。そして、3月以来の旅先交流会を開催!

休養を挟んで、次の鉢盛山へ向かいました。松本からアルプスを見た時、手前に見える山で、1泊2日の行程です。現在通行できる波田からのルートで、新島々駅から登山口まで林道を14km、さらに進んで一日20kmほど移動し、鉢盛山の避難小屋に泊まりました。

鉢盛山からは見たことのない角度から穂高連峰が見られた。山上でご来光を仰ぐ


翌朝は小屋付近から日の出を仰ぎ、ゆっくり朝食を摂ってから、三百名山・鉢盛山に初めて登頂しました。標高2400mを超える山で、樹林帯にはまだ雪が残っていました。

御嶽山や乗鞍岳、穂高連峰の展望があるのですが、今まで見たことのない角度で新鮮でした。

まだ雪の残る鉢盛山山頂からはアルプスの稜線を遠望できた


松本に戻ると、土曜日は「日本最大規模のクラフトフェア」で賑わっていました。「クラフト・・・」というので「クラフトビール」のお店があるのかと勘違いしたんですが…、立ち寄ってみると、工芸品のお店がたくさん集まっていて。見ていたお店でペーパーナイフに惹かれて、切れ味を比べたりして、買ってしまいました。

田植えを終えた山麓は暑い!


5月26日、信濃毎日新聞の信毎メディアガーデンにて、このビルに入っているTHE NORTH FACE松本店主催の旅先交流会が行われました。5日前の開催告知になったのですが、日曜の日中開催ということもあって、250人もの方に集まっていただきました。

小さなお子さんからの質問もあって、活気に満ちた交流会となり、みなさんから応援のパワーをいただきました。

信毎メディアガーデンで行われた交流会には250人ものファンが集まった

 

*****

田中陽希さんの3百名山の旅は、このあと、八ヶ岳、そして、中央アルプスへと続きます。次回インタビューもお楽しみに。

 

取材日:2019年6月28日
協力=グレートトラバース事務局

 

関連リンク

人力10,000kmの山旅。日本3百名山ひと筆書きに挑戦中の田中陽希さんを応援しよう!
もっと知りたいという方は、ウェブサイトで。
グレートトラバース事務局ウェブサイト
http://www.greattraverse.com/

 

今回のレポートで登った山のまとめ

高妻山 [4月28日]

戸隠山 [4月29日]

岩菅山 [5月3日]

白砂山 [5月4日]

笠ヶ岳 [5月7日]

横手山 [5月7日]

草津白根山 [5月8日]

四阿山 [5月9日]

浅間山 [5月10日]

妙義山 [5月13日]

荒船山 [5月16日]

美ヶ原 [5月19日]

鉢伏山 [5月19日]

鉢盛山 [5月24日]

プロフィール

田中 陽希

1983年、埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりチームイーストウインドに所属する。陸上と海上を人力のみで進む「日本百名山ひと筆書き」「日本2百名山ひと筆書き」を達成。
2018年1月1日から「日本3百名山ひと筆書き グレートトラバース3」に挑戦し、2021年8月に成し遂げた。

https://www.greattraverse.com/

田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き」旅先インタビュー

2018年1月1日から、日本三百名山を歩き通す人力旅「日本3百名山ひと筆書き グレートトラバース3」に挑戦中、田中陽希さんを応援するコーナー。 旅先の田中陽希さんのインタビューと各地の名山を紹介!!

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